ヤスミン・アフマド『タレンタイム』(Talentime、2009)

 シンガポールキャセイ・オーチャードにてヤスミン・アフマド(Yasmin Ahmad)の遺作となった『タレンタイム(Talentime)』(09年)鑑賞。

 台詞はマレー語・タミル語・英語で、字幕はマレー語と英語。マレー語の箇所では英語字幕だけになるが、英語の台詞からは英語字幕が省かれていなかったのでありがたい。

 これでヤスミン監督の長編作品は全て観たことになるけれど、私はインド系家族を描いたこの作品が一番好きだ。

 

 

 タイトルの“Talentime”はポスターのロゴを見ると“TALE N TIME”とNを中心に対照になっている。高校の音楽コンテスト(優勝者には高額の賞金が!)のタイトルであると同時に、“ tale ”と“ time ”が隠されているわけだ。

 これまでのオーキッドを主人公にした三部作とはまた違う設定だが、お父さん役は同じ Harith Iskander だし*1、これもまた同じ家族を画いたヤスミンの物語のようだ。主人公の Melur (Pamela Chong Ven Teen)という名前も、マレー語でジャスミンの意である由。

 オーキッドを彷彿させる、明るいリベラルな家庭で育った高校生のメルーは、学内の音楽コンテストに出場して決勝入りする。彼女をリハーサル会場まで送迎する係を割り当てられたのが、インド系の男子生徒マヘシュ(Mahesh Jugal Kishor)。彼はメルーのように裕福な家庭で育ったわけではなく、早くに父を亡くしており、叔父(母の弟)の援助を受けながら母と姉との三人で暮らしてきた。

 一方、他の二人の参加者についてもクローズアップされる。マレー系のハーフィズ(Mohammad Syafie b Naswip)*2は、病に倒れた母を毎日見舞う孝行息子で、ギター片手に自作の英語曲で決勝入りする。父親は登場しないので(言及があったが聞き逃したのかも)、やはり離別か死別かしている様子。彼はオーディション会場でメルーに出会い、人なつこく話しかける。マヘシュとは仲がよい。

 もう一人は華人(広東系)のカーホウ(Howard Hon Kahoe)。彼は出番こそ少ないが、劇中で大事な役割を果たしている。強権的な父親の元で鬱屈した日々を送っており、成績でもトップの座をハーフィズに奪われたことで面白からぬ思いを抱いている。彼は二胡で民謡『茉莉花』を奏でる。このコミュニケーション不全の気味がある人物に私はやたら感情移入してしまい、気の毒で気の毒でならなかった。彼が言葉に頼らぬことで初めて自分の意を通じさせることに成功したところで、映画も終幕を迎える。

 今回はマレー系の家族に華人のお手伝いさんという設定で、珍しいと思ったら、終盤で彼女はムスリムだと明かす場面があった。中華系のムスリムは決して多くはないが、グループとして可視化される程度には存在しているようだ。どこかのモスクで中国語表示をつけるかつけないか、なんて話題になっている記事を見たことがある。または結婚によって改宗する例もあるだろう。このお手伝いさんは中国名を名乗り続けているが、なぜ改名していないのかとの問いに、母は「彼女はイスラム教徒になっただけで、マレー人やアラブ人になったわけじゃないから。『美しい花』って意味なんですってよ、いい名前じゃない」と答える。イスラムというのは宗教というより、生活すべての基礎になるものだと聞いたことがあるが(だから棄教ということは非常に困難であるようだ)、その観点からすると華人としてのスタイルを保ちつつ、同時にムスリムであるというのは極めて難しいことになるのかもしれない。

 ヤスミン監督作品では、悪役として描かれているのではないが必ずしも褒められたものではない人物がよく出て来る。『細い目』のジェイソンなんて、前の彼女を妊娠させておりその対応も不誠実極まりない。ラストで事故に遭うのも一瞬「天罰だ」と思ってしまうくらい。『グブラ』のオーキッドも、夫の浮気が発覚したときに報復に行くのだが、その手段は私には非常に下品に思えた。今回はどんなろくでなしが、と半ば期待していたら、マヘシュの叔父だった。彼はインド系ムスリムの少女との恋を家族に引き裂かれた過去があり、彼女を忘れられず三十代半ばまで独身でいたという人物。結婚前夜の祝いの席での暴力沙汰に巻き込まれ、命を落としてしまうのだが、彼が結婚を決めた理由がマヘシュ宛のメールで明かされていた。かつての恋人がやはり独身のまま亡くなった、という消息を得て、半ば諦めに達して周囲の勧める結婚に頷いたということらしい。「まだ彼女を忘れていない」とメールにはつづられるが、なら結婚するなよと言いたくなる。「愛」などというものは度外視して、単に平穏な家庭が欲しい、という双方合意の上での結婚ならともかく、まだ忘れていないなんてことはどうせ暮らしてみればすぐばれるだろうに。はしゃぎながら婚礼用品を買い調える場面があるので、相手の女性は結婚にちゃんと夢があるようだ。

 この作品ではそれぞれの家庭での母と息子の関係が描かれる。マヘシュの母は、弟を亡くしてから息子も自分の元を去るのではないかと不安に駆られており、マヘシュがメルーの家に泊まったことを知って半狂乱になる。一方で入院中のハーフィズの母は、「これ以上良くなることはない」と医者に宣告され、別れの時がそう遠くないことを悟る。苦しむ姿を息子に見せたくないと、帰るように言うのだが、息子と入れ替わりに入って来るのは友人となった車椅子の入院患者。彼女の最後の時間を笑いで満たすことになる相手だが、どこの誰とも説明がない。自分の姿は医師や看護師には見えない、と言う彼はどことなく浮世離れしていて、もしかすると現実の存在ではないのかもしれないと思わせるほど。彼女は自分が去ることを恐れておらず、静かに旅立ちの時を迎える。母の死に接してハーフィズが祈りを捧げる場面は、二羽の雀がちょんちょんと画面を横切る奇跡的な画になっている。

 決勝戦の会場を飛びだしたメルーをマヘシュが追い、階段で対話する。ここで初めてマヘシュが自分からメルーに何かを伝えようとするのだが、それはメルーには理解できない。だが、何を言っているのかは分からなくても、意思疎通ができる場面もある。一方、ハーフィズは母との約束を胸に『I GO』を歌い、カーホウは思わずそれに二胡で合いの手を入れ、二人は一言も発しないまま初めて気持ちを通わせることになる。この二つの場面を最後に、人の去った会場の電気が一つずつ消され、映画は幕を閉じる。

 言葉は時として障害物にしかならないが、それがあってさえ伝えることが可能であるなら、いっそ捨ててしまえば良いこともあるのかもしれない。

 


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*1:ちなみにお母さん役はLiew Seng Tat(劉城達)の『Flower in the Pocket』(口袋里的花/ポケットの花)でアユちゃんのお母さん役をしていたMislina Mustaffaだ。また、三部作でお手伝いさんを演じていた Adibah Noor は今回は先生役で登場。審査員役としてホー・ユーハンも出ているということだったけれど、気付かず見逃してしまった!

*2:かつてのムクシン君ですね。余談だが『Mukhsin』は台湾の映画祭では『木星的初戀』のタイトルで紹介されている。