Cassius Michael Kim『Man On The Run』(2023)

 マレーシアの1MDBを隠れ蓑にした金融犯罪をめぐるドキュメンタリー。Netflixで配信。

 タイトルの「逃亡者」とは、一義的には計画実行と不正に得た金額からして最大の責を負うと思われるジョー・ロウのこと。今なお消息は不明で、捜査関係者の推測では生きているなら深圳など中国のいくつかの都市のどこかに潜伏しているのだろうとのこと。それは中国にとって彼が何らかのカードとなり得るからだろうが、その効力がいつまでも続くわけではなかろうという見立て。

 この金融犯罪ではナジブ・ラザク元首相も22年に有罪判決が確定し、12年の有期刑と2億1千万リンギットの罰金が科せられていた。それが24年2月に特赦局によって減刑が認められ、半分の6年(つまり2029年8月23日に出所予定)と罰金5千万リンギットで済むとのこと。アブドゥラ前国王が1月末で退位、ジョホール州スルタンのイブラヒムが即位することで恩赦となったようだが、減刑の理由は説明されていない。ロスマ夫人も有罪判決を受けているが控訴、保釈中。*1

 2024年1月にNetflixで配信が始まってから、ナジブ元首相の弁護士から配信停止の要求が出されているという。ただ、すでに映画館で上映されたものでもあるそうで、法的手段に訴えたところで停止命令は出されないのではないか。元首相自身が取材に答えた映像も使用されている。

 

 1MDBの名のもとに金を流す手段は非常に複雑で、報道したジャーナリストや当時の捜査関係者のインタビューを聞いてもよく分からない。米国司法省やFBIまでが捜査を始め、合衆国内での金融取引があり、ゴールドマン・サックスの元幹部が関与したことで米国で起訴されることになった。

 一つだけ理解できたのは、特定の個人が単独で利を貪ったわけではなく、公金を洗浄して個人の口座に流す過程で、非常に多くの人間が関与し総合的な構造が作られていたということだ。その一画に加わることで利益を吸い上げ、様々な恩恵に与ることができる。本体の存在しない虚ろな構造体に、首相の義息子やゴールドマン・サックス、サウジアラビアの王族や高官という信誉や財力が架空の力を与え、国民の税金からなる資本を吸い尽くしたように見える。

 

 不思議なのは、立役者としてスポットライトを浴びるべきジョー・ロウの影の薄さ。写真や動画を見ても、のっぺりとしたその顔からは、脂ぎったぎらぎらするような野心も、豪奢なパーティーで自分を大きく見せたいという欲求も特に感じられない。周りにスターがいるから霞んでいるのかとも思うが、それぞれインタビューに答えるジャーナリストや捜査関係者の方がよほど「キャラが立った」感じがある。マレーシアのギャツビーという惹句もあるが、そんな成り上がり的な感じもなく、かといって特に洗練された雰囲気でもなく、とにかくとらえどころがない。ロスマ夫人のブランドバッグコレクションのようなわかりやすい執着でもない。彼の人生では彼が主役なのだろうに、さっぱりわけが分からない。

 

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*1:ところで、マレーシアの報道では有罪判決後も「タンスリ」の称号はそのまま冠されている。一度授与された称号は、実刑判決の後も剝奪されることはないのだろうか?