イアーラ・リー 『K2 アルピニストの影たち』(K2 and the Invisible Footmen、2015)

 パキスタンと中国(新疆ウイグル自治区)国境にそびえる世界で二番目に高い山、K2。世界最高峰のエベレストよりも登頂は困難だとされる山で働くパキスタン人ポーターたちの姿を追う1時間弱のドキュメンタリー。アジアンドキュメンタリーズ配信。

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 1954年のイタリア隊による初登頂時に両足のつま先を凍傷で失ったパキスタン人ポーター、アミール・メディ(Amir Mehdi)に捧げられている。初登頂から60年記念の年、今度はパキスタン隊が2人のイタリア人のサポートを受けて登頂を成し遂げた。K2はイタリア人からパキスタンに返されたのだ。

 25㎏から場合によっては50㎏近い荷物を運んで歩いてゆくポーターたちの根気と精力は世界の登山家の認めるところだ。ただし肉体を酷使する仕事は、一般の寿命が60歳だとしたら、ポーターには30代や40代で死ぬ者も多いと地元では言われているそうだ。人生90年時代などと喧伝される日本の感覚だと、60歳というのはあまりに若く思われるが、カメラの映す男たちはまだ壮年の筈なのに、歯が揃っている者はほとんどいない。歯科治療に限らず、医療全般へのアクセスが困難な地域なのだろう。つまり、過酷な肉体労働に従事する彼らの健康は顧みられていない。

 パキスタンのポーターはほとんどがイスラーム教徒らしいが、夏の登山シーズンにポーターとして働くのは男だけで、女性は農業と、性別による分業体制が確立しているようだ。複数の女性と婚姻関係にある男も珍しくなく、妻が4人を超えているケースもあるという。その結果として子だくさんだが、全員を就学させることは家計が許さない。ポーターの収入は5月から8月の登山シーズンに限られる。避妊に関して宗教者は、女性のピルの服用は推奨するがコンドームの使用は禁ずるとか、あるいは避妊そのものを認めないという立場だそうで、インタビューされている男性たちは神から授かった子供を育てるのだと答えている。

 尖った石だらけの大地を歩くのに、ポーターたちは登山靴やトレッキングシューズではなく、かかとのない履き物ですたすた歩く男性すらいる。クンバカルナのシェルパたちが登山用のアウターを着ており、足元も最高レベルとは言わないまでも高山仕様の靴だったのに比べると、パキスタンのポーターたちは低高度ではまったくの普段着といっていいくらいだ。無理な重量の荷を押しつけ、驢馬のようにポーターを使う登山家もいるというが、ポーターの側も組合や統一的な組織があるわけではなく、それぞればらばらに働いているので、まとめ役は骨の折れる仕事らしい。さらに休みたくなったら勝手に休憩し、意のままに顎で使われはしないという姿勢を見せてもいるようだ。

 パキスタンでは熟練した高高度ポーターの数が少なく、多くは訓練も受けていない。中にはイタリアの登山家から技術指導を受け、高高度ポーターとして働いた後、自ら登山家となった者もいるという。しかし、パキスタンでは登山というものが欧米諸国のように評価されるわけではない。地元パキスタン人の老いた登山家は、五つの8千メートル級の山々に登頂しても、メダルが一つ授与されただけだったという。パキスタン政府は治安維持に手一杯で、登山家の偉業を称え、雄大な山岳地帯の風景を観光資源として打ち出すどころではないというところか。

 かつてはネパールからシェルパ人のベテランガイドが雇われていたが、パキスタン政府はネパール人のガイドを禁じるようになり、今ではシェルパも登山料を払って入山している。パキスタン遠征隊のテントの周りにも色とりどりの旗(ルンタ)が張りめぐらされていたが、ベースキャンプにはシェルパ人のガイドや登山家がいるのだろう。

 監督のIara Leeは韓国系ブラジル人である由。最後にブラジルの登山家が「登頂を目指すのは観光とは別で、パキスタンを体験することだ」と語るのは、「なぜブラジル人が?」という問いを折り込んでの編集かもしれない。

culturesofresistancefilms.com

 Cultures of Resistance Films のYouTubeチャンネルでも英語字幕版が全編公開されている。

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