『自撮りのために』(Selfie Mountain、2019)

 15分ほどの短編。アジアンドキュメンタリーズの配信で、特集〈観光公害〉の一本。インドネシア・ジャワ東端にあるイジェン(Ijen)火山。900×600メートルの火口では雄大な火口湖の姿が望め、絶好の撮影ポイントになっている。火口付近への観光客の立ち入りは禁止されているが、名目的な禁止にすぎない。加えて、観光客が期待するのは硫黄採掘場の労働者の姿だ。もうもうたる煙の中、一度に80㎏の硫黄を担ぎ、片道3㎞の山肌を往復する男たちの姿をカメラに収めたいのである。

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 スイス出身の料理人・登山家のハインツ・フォン・ホルツェン(Heinz Von Holzen)は30年以上インドネシアに暮らし、バリにレストランを開いてインドネシア女性と家庭を持っている。彼の案内のもと、スイスの撮影チームは貧困ツーリズムの背景をフランス語で取材する。

 観光客たちは、「人間動物園」のようなツアーを体験して後ろめたさを感じたり、よくないマスツーリズムだと批判的な見方をする者もいる一方、労働者たちは楽しそうだったとか、彼ら自身の選択だとか、チップを渡すと生の労働の姿が見られなくなるのではといった観光の視線を伝える声も生々しい。

 ツアーでは朝3時半に発ち、夜明けの火口を撮影する。ガスマスクを着けた彼らは露天採掘場近くまで降り、まったく防御装置を着けずに働く労働者の姿を撮影する。煙によって目と肺をやられ、さらに荷の重さで背骨を痛めることも多く、平均寿命は50歳以下だとも言われるが、ガスマスクを着けていてはとても息が続かない重労働だ。採掘場を経営する会社からは日払いで日本円にして1000円に満たない額が支給される(今のレートだとまた異なるかもしれない)。それ以外の保障は一切なく、運搬に堪えられなくなると工場で硫黄を精製する作業に回される。固化されて出荷される硫黄は、主に甘蔗糖の漂白に用いられるという。

 大量の観光客が入り込むようになり、入山料も十倍に高騰しているが、採掘労働者に還元されるわけではない。彼らは採掘の便にとホルツェンらが開発した手押し車を、観光客を乗せる人力タクシーに転用し、即席のガイドを務めて日銭を稼ぐ。だがガイドもすでにコネクションで埋まり、入山客に個別に声をかけて仕事を得るのは困難だ。

 労働者ではブッセイリ、ムリオノ、スバンディという三人の男がインタビューされる。この土地はそもそも祖父の代から火山で食べており、一生続けたいわけではないが、かといってほかの仕事もないという。その場でのインタビューで、彼らの住居や家族については紹介されないので、女性たちが現金収入を得られるようなしくみがあるのかどうかは分からない。

 ホルツェンらは労働者の子供たちが通う付近の小学校を支援することにし、コンピューターなど学習機材を寄付しているという。その結果、もし子供たちの世代で採掘に従事する者がいなくなれば、同時に観光業も成り立たなくなる可能性はある。それが長期的に地域を豊かにすることにつながるのかどうかは未知数だ。

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