ルル・ワン『フェアウェル』(The Farewell/別告訴她、2019)

 NYにひとり暮らししている30歳の作家(志望?)ビリー(碧莉)は、期待をかけたフェローシップの不合格通知が届き落胆する。それと同時に、長春に暮らす父方の祖母がステージⅣの肺癌だと知らされショックを受ける。

 中国語タイトルは「彼女に言わないで」。中国では患者が高齢者の場合、家族が本人への告知を望まないことが多いという。告知に伴う患者の精神的負担を家族が代わって引き受けるのが孝行だとみなされる。しかし6歳で両親と米国に移住したビリーは納得できない。残された時間が限られているなら、祖母に知らせるべきだと主張するが、伯父に「西洋では個人は個人だが、東洋では個人は家族や社会など集団の一部なのだ」と説得される。

 ビリーの父はNYに移民し、伯父一家も日本にいる。親族で祖母を囲む機会はもうないかもしれないと、伯父の息子の結婚を口実に一族は長春に集合する。

 自分の病状を知らぬ祖母は、まるで紅楼夢のご隠居さまのようなゴッドマザーぶりを発揮する。式場の手配からコース料理のメニューまで、すべて自分が采配しなければ気が済まない。ロブスター(龍蝦)を注文したはずなのになぜ蟹なのだ、と厨房の責任者にねじ込む。crabだからかまわないようなものの、周囲は口に出さないまでもつい cancer を連想して冷や冷やもの。

 ビリーの母は実は姑と折り合いが悪い。祖母が米国に行かず中国に残ったのは、移民先では結局他人の軒下に暮らすことになり、自分の思い通りに仕切れないからだ、とひそかに毒づく。幼児期の祖父母との楽しい思い出があるビリーは、母が冷たすぎると非難する。私もこの祖母は苦手なタイプで、身近にいたらきっとビリーの母と同じように思うだろう。とはいうものの、祖母も子や孫が海外生活では、かしずかれて暮らすことはどのみち望めない(祖母の妹と姪が面倒を見ているとはいえ)。

 亡くなった祖父の墓参りや、そこで遭遇する葬列の描写は、中国の観客にとっては珍しくないかもしれないが、紙で作った祭祀用品を燃やすところや、亡き祖父に祖母が一族を代表して子孫の近況を報告し、見守ってくれと拝礼するところはつい見てしまう。ただ、エキゾチックな捉え方ではなく、ビリーの視点から、自分がその一部であるともないともつかない微妙な距離感をもって撮られている。

 泣き笑いのうちに、どうにかつつがなく盛大な結婚式は終わる。ビリーの従兄と花嫁になる愛子(なぜかエンドロールではAiko/亞美と謎の役名)は交際3ヶ月のスピード婚で、授かり婚と誤解されるといけないから交際一年ということにしろ、と祖母に申し渡される。それでてっきりこの二人は祖母のための偽装カップルで、従兄は女友達を拝み倒したかレンタル彼女を利用して式に間に合わせたものと思い込み、いつ真相が露見するかと期待しつつ見ていたが、どうも本物のカップルではあるものの、付き合い始めて間がないのに無理やり結婚を急いだ(のでまだちょっとぎこちない)という設定だったらしい。本当に結婚してしまって大丈夫なのか? という気もするが、まあ50年前の日本の見合い結婚の夫婦も初めはそんなものだっただろう。

 ビリーを演じるのはオークワフィナ。エンドロールで中国語名が林家珍と知って Awkwafina とのギャップに驚く。台詞は半分以上が中国語、周囲の話はほぼ理解できるものの、言いたいことが自由に出てこないというバランスがリアル。かなりややこしい話をしているかと思えば、簡単な単語を理解できなかったりと、場面ごとにムラがあるのも、外国語としての学習者と違って子供の頃に耳から覚えた言葉では使えるフレーズの範囲が違うだろうと納得される。使役や反語表現のような学習者にとってなかなか口から出にくいフレーズが使えるのは、中国語の発想が幼児期にしみ込んでいるのだろうと想像される。中国語はこの映画のために学んだとはいうものの、付け焼き刃ではなくもともと耳から覚えていたのだろう。

フェアウェル(字幕版)

フェアウェル(字幕版)

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