Karina Robles Bahrin《The Accidental Malay》(Epigram Books、2022)

 

シンガポールの出版社から刊行された、マレーシア人作家による英語の長編小説。

マレーシアの肉乾(ポークジャーキー)で知られる大手食品会社の跡取り娘ジャスミン、なんと自分がマレー・ムスリムであったことを知る! という物語。
KLに暮らすジャスミンは41歳独身、父は1969年の513事件で亡くなり顔も知らない。イポーを基盤とする一族経営の食品企業には70代後半でなお矍鑠たる祖母が君臨しており、若い者は若干煙たく感じている。驚いたのはジャスミンの恋人がイスカンダルという既婚男性という設定。
ジャスミンイスカンダルの出会いはロンドン留学時代に溯る。親の反対を恐れて二人は関係を秘密にし、イスカンダルはマレー・ムスリム女性と結婚してジャスミンと別れる。しかし多年の後、偶然の再会から焼けぼっくいに火が点いて……
しかも、祖母の遺品から結婚証明書が出現、ジャスミンの母は実はマレー人であったと判明。なんと父は結婚に際しイスラームに改宗していたのだった。その日付は1969年5月10日、そして数日後の暴動で父は命を落とす。ジャスミンは両親の顔も知らないまま、華人の祖母に育てられていた。ジャスミンは法的には祖母の娘として届けられていたが、祖母の後継者としてCEOの座に就こうというところで、出生の秘密がマスコミにリークされてしまう。ムスリムの両親から生まれたムスリムが、ポークジャーキーの会社を経営するなど許せん!と彼女を攻撃する運動が起こる。
黒幕はジャスミンの生母の再婚相手だった。ジャスミンがマレー=ムスリムである限り、彼女の相続した資産は、生母夫婦に相続権があることになる。おまけに、腐れ縁のイスカンダルに愛想を尽かし、幼なじみの華人男性と新たな関係を築こうとした矢先に、イスカンダルとの関係が周囲に知られてしまう。こうなったら、イスカンダルが離婚してジャスミンと結婚し、会社の経営に参画するしかないか……という方向で外堀が埋められつつある中、予想もしないタイミングでジャスミン(41歳)に妊娠が判明!
会社の相続問題、自分の恋愛問題、生母との再会、そして何よりお腹の子……と山積みの問題に直面し、マレー人と華人の前後二人の恋人、最良の友人である従弟、祖母をかつて支えたマレー人のおじさんといった人々に助けられ、彼女はポークジャーキー部門を買い取り、イスカンダルと別れて香港に移住することを決意する。
大枠はロマンス小説で、ヒロインのゲイの親友(従弟)というお約束や、そんな献身的な恋人が都合よくそのタイミングで現れるか、というところはありつつ、アンフェアな社会のアンフェアなルールの中で手持ちの駒を最大限活用して自分の必要なものを勝ち取ってゆくのは爽快。(要するに地獄の沙汰も金次第、と言ってしまえば身も蓋もないが)

The Accidental Malayepigrambookshop.sg