キム・ジウン『箪笥』(장화, 홍련、2003)

 韓国のホラー映画リストによく上がる作品『箪笥』をようやく観た。監督は『人狼』のキム・ジウン。導入は屋敷ものだが、だんだんと流産や生理のモチーフが挿入され、ボディホラーの趣を呈してくる。決定的な謎解きに至るまでのサスペンスが巧みで、人間関係を想像に委ねたまま終盤まで引っ張ってゆく語り口につい引き込まれる。ショック・シーンは予想しやすく、音楽と撮影で次に来ることを充分に期待させた上で、恐怖描写に節度があるのもよい。そして美術と照明が美しい。凝った内装に、赤と青のコントラストから次第にややくすんだ孔雀色が入り、真相が明かされるシーンで幽霊のまとう緑の服の意味が分かる仕掛けも凝っている。

 冒頭は精神病棟で「今日はどうだった?」と質問される少女の様子。自己紹介するよう求められても、家族写真を見せられても反応しない。「あの日、何があったのか話してくれ」との医師の言葉からシーンが変わる。

 野山の景色の果てに、大きな洋館に着く。木造でポーチ部分は木の柱だが、そこに接続する外壁の側面が煉瓦になっているのが特徴的な設計だ。歴史的建造物なのかもしれないが、こんな屋敷をよく見つけたものだ。内部はセットを組んでクレーンを置いた撮影ではないかと思う。

 先に車から降りた父に促され、赤いカーディガンの少女スミは、妹のスヨンとともに気の進まない様子で家に入る。赤い口紅の継母が意味深な笑顔で出迎え、姉妹に真綿に包んだ針のような嫌味を浴びせるが、父は先に階上に行ったらしくやりとりを目にしていない。

 父、後妻、スミ、スヨンの四人が登場するが、中心となるのはスミとスヨンの視点だ。後妻の弟夫婦を招待することになるが、階段の上からドレスアップした後妻が出迎えた途端、弟夫婦は奇妙な表情を浮かべる。姉妹のいない食卓で、後妻は一人ではしゃぎ、夫と弟夫婦の間には気まずい沈黙が流れる。パターン化した継子いじめの話と見せて、次第に四人の関係に不可解さが浮かび上がる仕掛け。

 後妻は父の同僚の看護師で、姉妹の母を世話するために住み込みで働いていたことが、母の遺品の写真から想像される。キム・ギヨン『下女』の系譜に連なる乗っ取り映画の枠に、さらに一ひねり加わっている。

 父は常に姉のスミに話しかけ、妹スヨンの存在には構わない。他方、後妻はスヨンを目の敵にして箪笥に閉じ込める虐待を加える。家族の関係には、継母と姉妹の確執には単純化されない違和感があるが、その正体は終盤まで隠される。ハリウッド版リメイク『ゲスト』を先に見ていたので予測はついたものの、四人のうち誰の存在が誰に見えていて、誰に見えていないのかはなかなか分からない。

 スミを悪夢で脅かす髪の長い女の幽霊は、寝ている彼女の上に乗りかかり、その股から血が伝い、さらにネグリジェの裾から手が出て来る。目が覚めた後、横で寝ているスヨンの経血でシーツが汚れていることに気付く。スミは後妻がいずれ父の子を妊娠するだろうことを嫌悪し、同時に自分も妹も同じ女の身体を備えていることを意識している。スミは後妻から父を取り戻したいと願っており、それが娘としての言動を超えて母に成り代わりたいと思っているようなふしがある。すると彼女を夢で苦しめる幽霊は、後妻の姿であると同時に自分の姿の投影でもあるのだろう。

 

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★ハリウッド版リメイク

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