楊雨『1989的女孩』(Children of 1989、2018)


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 天安門事件に参与した民主活動家の娘たち三人に光を当て、米国での生活を取材したドキュメンタリー。2018年の撮影当時、当事者は米国で高校・大学に通っている。生まれたのはみな事件後で、中国で成長したが、父が監視下にあり拘束を繰り返され、2010年代に出国したという。

 中の一人は中国の学校で寮生活を送っていた13歳の時、授業中に呼び出されて警備員室で取り調べを受けた。二人の警察官から、父はブログを開設しているか、最近どんな文章を書いたか知っているかなどと尋ねられ、三鹿粉ミルクの汚染事件について書いていたことなど正直に答えたところ、父は拘束され、彼女が取り調べの際に語った内容が証言として記録されていたという。

 彼女らより年上の、天安門世代の女性は米国で人権活動に携わっているが、近年の中国からの留学生の意識を憂慮している。彼らは自分たちの家族の歴史すら知ろうとせず、海外に出ても党の歴史観を疑うことがないと語られる。

 こうした学生は一部の例ではあるにせよ、日本の同世代が負の歴史をどう捉えるかにも類似の問題がつきまとうだろう。特に、海外に出て初めて自分の生まれた国の負の歴史に触れた場合、「知らなかった、ショックだ」と受け止める人もいれば、自分自身が責められたり軽蔑されたりしているように感じ、「そんなことはあり得ない」と反発したくなる人もいるのは想像がつく。反発の気持ちを受け止めながら、個々の歴史をつなぎつつ対話を開いてゆく言葉をどうすれば見つけられるのか。