ヤスミン・アフマド『細い目』(SePeT、2004)

 マレーシアの女性監督、ヤスミン・アハマドの『SePeT(細い目)』鑑賞。2005年の東京国際映画祭における最優秀アジア映画賞受賞作。06年には彼女の全作品を一挙に公開する「ヤスミンの物語」の特集が組まれた。生憎どれも観ることができなかったのだが、英語字幕のソフトを発見。

 台詞は英語、マレー語、広東語が混在している。中国系の男の子・ジェイソン*1が母親に普通話で本を読んでやっている場面から始まる。母親は彼にマレー語で話しかけ、彼は広東語で答えるのでどういう設定かと思ったら、後半に説明があった。母はマラッカ出身の Pranakanすなわちマレー化が進んだ華人ということだった。友人の阿keong(阿強?)は両親が福建系という設定*2で、彼と会話するときは広東語と英語がくるくる切りかわる。そして、恋人のマレー人少女・オーキッドは家庭内ではマレー語と英語、ジェイソンとは英語で会話する。

 映画の内容は、主役二人のエスニック・グループが異なることを除けば、ボーイ・ミーツ・ガールの「哇,so romantic 啦〜!」*3というもの。結末は必ずしもハッピーエンドとは言い難いしありがちだが、充分楽しんで観られた。路上で海賊版CDを売っている華人少年と、お手伝いさん*4のいる豪邸に住むマレー人少女、という、いかにもな設定だが、実はこうした要素は二人の愛情の妨げにはならない。オーキッドの母は香港ドラマに目が無いし、ジェイソンの母は「お父さんは反対するだろうけど大丈夫よ、とりあえず彼女を連れてきて私に会わせて」と理解がある。問題は、このジェイソンがきちんと前の彼女と別れていなかったことで、そこから面倒な事態になる。このあたり『黒いオルフェ』を想起させる展開だ。次の女の子に出会って本当の愛情に目覚めた、とか言われても(そんな台詞があるわけではないが、そういうことだ)、前の彼女にしてみればそんな言い草は許せない。運悪くその元彼女の兄はヤクザの顔役だったりする。そんなこんなで一度は心が離れるものの、最後の最後にやっと二人は気持ちを通い合わせる、というもの。

 オーキッドの服装が興味深い。ふだんはゆったりしたロングスカートのマレーの民族衣装バジュクロンに身を包んでいるのだが(最初の登場シーンではスカーフを被ってコーランを唱えているが、あとは外に出るときもスカーフはつけていない)、ジェイソンから秘密を打ち明けられて失望し、友達と遊び回る場面では半袖のTシャツに膝上のタイトスカートを穿いている。洋服にするか伝統の衣装にするかは新旧の問題でなくて、単にTPOや好みの問題なのかもしれない。

 それから、登場人物が人に何かを尋ねたり頼んだりという場面がよく出てくるが、みな必ず丁寧に話しかけ、最後には「Thank You」「唔該」「Terima Kasih」と言うのが非常に好感が持てた。

 最後に特筆すべきは、オーキッド役のSharifah Amaniのチャーミングなこと!マレーシアの演技のスタイルや、マレー人の仕草や表情がそういうものなのかもしれないが、とにかく生き生きしてかわいらしい。ちょっと背伸びした感じも、ぴったりの年齢でぴったりの映画に出会ったと言えるだろう。映画のラストは、これから先どんな人生を送るのだろうと思わせるようなものだが、幼年時代を描いた最新作《Mukhsin》(本人の妹がオーキッド役だとか)、結婚後を描いた《Gubra》の三部作になっているそうだ。

 

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*1:本名はブルース・リーにちなんで李小龍、阿龍と呼ばれているのだが、恥ずかしいからとオーキッドに対しては英語名を名乗っている。

*2:演じたLinus Chungもクチン出身の福建系のようだ。

*3:ホントにこんな台詞があった。

*4:とはいっても家族同様、同居のおばさんという感じだ。