タン・チュイムイ『愛は一切に勝つ』(Love Conquers All、2006)

 東京国際映画祭・アジアの風にて。マレーシアの監督陳翠梅(タン・チュイムイ)の長篇第一作。先の釜山国際映画祭でNew Currents Award*1と国際映画評論家協会賞を獲得している。

 あらすじは簡単、地元に彼氏を残してクアラルンプールにやって来たアピンが、おばの食堂で働くうちに知り合ったジョンに魅かれてゆく。二人はやがて関係を持つが、彼はどうやら裏社会の人間らしく…といった話。典型的な「姑爺仔」ものだ。

 強引に迫るジョンに、「彼氏がいるから」と答えつつも満更でないアピンは、つい彼の車に乗ってしまう。「どうしても嫌なら飛び降りろ」というジョン。やがて二人はデートを繰り返すようになるが、ある日、ジョンの従兄という男に出くわす。彼の正体は「姑爺仔」で、女を夢中にさせて姿を消し、保釈金が要ると偽って女から金を巻き上げ、払えなければ身体を売らせる………ジョンはそうささやく。とまどいつつも「連れてる彼女、きれいね」と答えるアピンに、「越美麗的女生越容易被騙。因爲她們很自信:“愛會改變一個人”。(美人ほど騙されやすい、自信があるから。「愛は一切に勝つ」と)」と説明する。

 「結婚しよう」「もう逃げられやしない。車から飛び降りない限り」と迫られ、アピンは指輪を受け取る。その翌日ジョンはシンガポールに行くと言って姿を消す。そして現れたのは彼の従兄、彼を助けるには金がいると言うのだが…さて、Can love conquer all?

 この二人の話と並行して、アピンの従妹(小学生)とそのまだ見ぬ文通相手(彼のペンネームが神秘人というのには笑った)とのエピソードが語られる。従妹とのやりとりや、夜市を歩くアピンといった描写は何気ないのに非常に引き付ける力がある。マレーシアの町並みなど風景を捉えるカメラも素晴らしい。

 主役は二人とも個性的な魅力のある俳優。ジョン役の彼の風貌はエキゾチックな感じに映る。韓流スターのような優しげな雰囲気ではなく、荒削りな感じがかえって新鮮で好ましい。

 ラストは「え、ここで終わり?」と驚いたが、ティーチインで監督が質問に答えて、「私自身は愛は一切に勝つと信じているし、アピンはそれが実現したと思っているが、実際には彼女の思うような形で実現したのかはわからないといった意味のことを話すのを聞いて、なるほどとうなずかれた。愛は人を変えられるかといったら、愛している本人の内面は変えられるだろうが、相手を愛で変えられるかどうかは怪しいものだ。

 さて、ティーチインの内容について言うと、面白い質問として、ジョンの部屋に飾られている王家衛(ウォン・カーウァイ)の映画(『重慶森林(恋する惑星)』だった)のポスターの意味は、というのがあった。監督の説明によれば、いかにも女の子の好きそうな男の雰囲気を演出するための小道具ということらしい。ジョンという男は、自分は女をよく知っていると思っており、こういうものを好む男に女は魅かれるものだと感じている、ということだった。なるほど、中国語圏では王家衛がそういう位置付けかと納得される。

 もう一つ、マレーシアで映画を撮る上での困難について、今は数年前よりずっと環境が整ってきた、と言いながらも、マレー語の映画は「マレーシア映画」と認められて税金の面で優遇されるが、中国語では対象外になる、と答えていたのが印象深かった。荘華興『伊的故事―馬来新文学研究』(有人、2005) でもマレー語文学とマレーシア文学について紙幅が割かれていたが、多言語国家での「国語」(マレーシアの場合はマレー語)の扱いは、私たちが想像するより複雑なものらしい。

 監督はまだ二十代で、話し方や仕草からてきぱきして聡明な女性という印象を受けた。現在フランスの団体から奨学金を受けて、次の作品『静静地生活』の準備中らしい。

 以下は予告編。二種類あるがいずれも1分少々。

*1:中国の楊恆《檳榔》との同時受賞