ヤスミン・アフマド『ムクシン』(Mukhsin、2006)

 ヤスミン・アフマドの2006年の作品。『細い目』『グブラ』の主人公オーキッドの幼年時代を描いたもの。オーキッド(Sharifah Aryana)は華小に通う十歳のマレー人少女。国語はマレー語だが、小中学校では中国語・タミル語での教育も行われており(それでもマレー語と英語は必修)、特に中国語学校の方がマレー系の学校より厳しく教えるとかで、マレー系の児童が華小に通うケースも少なくないのだとか。オーキッドの場合、「マレー語はもう話せるから」中国語も身につけたほうが良い、という父の判断だと説明される。

 『細い目』でオーキッドの母がほとんど英語ばかり喋っていたので、そういう家庭が多いのかと思ったらそんなわけではないらしい。隣家の少女は「あんたんとこのお母さん、何でいつも英語なの。イギリス留学を自慢したいからだってうちのお母さんが言ってたわ」とわざわざご注進に及ぶ。両親の仲が良くていつもベタベタしているのも、周囲からすればちょっと不可解なようだ。どことなく周りと違う幸福な一家、というのは見ようによっては嫌味だが、そんなことを感じる暇も無くオーキッドとその母に寄り添って観てしまった。そんな家庭でのびのび育っていれば、隣家の女の子に代表される少女たちの世界に我慢できないのは当然で、オーキッドも男の子と遊んだりサッカーをしているほうがずっと楽しい。

 夏休みに入って、近所にムクシン(Mohd Syafie Naswip)という二つ年上の少年がやって来る。母に捨てられて叔母の家にやって来た彼だが、たちまちオーキッドと仲良しになる。彼はお行儀がよくオーキッドの母(Sharifah Aleya)にも気に入られるのだが、そういえばこの"well-mannered"という形容詞は『細い目』のジェイソンにも与えられていたなあ。オーキッドとムクシンの間が友情から初恋に振れる微妙なあたりを描いたかわいらしいストーリーが軸になる。

 『細い目』『グブラ』を先に見ていないと、「どうしてこんなにダラダラ時間かけてるんだろう?」と思うような場面がいくつかあるかもしれない。また、作品中の時間軸としてはこの後になる『細い目』でオーキッドは広東語を喋っていた。イポーで華語小学校に通うと、広東語も自然に身に付けられるとすると、イポー華人の広東語使用率がある程度想像できる。映画だから現実そのままではないにせよ、マレーシア全体として漢語諸方言の使用が低下しつつある状況を踏まえれば、2006年の一つのイメージの記録としても重要な手がかりとなるだろう。

 

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