シャリファ・アマニ『サンカル』(2010)

 シンポジウム『「女性らしさ」の冒険――「愛しい母」ヤスミン・アフマドの思い出とともに』(於京都大学芝蘭会館)にてシャリファ・アマニ(Sharifah Amani)『サンカル』(Sangkar)(2010)鑑賞。

 上映前に「マレーシアにおける教育と結婚」として、若手の女性研究者二人からマレーシアの状況に関する報告があったが、映画で描かれる仕草の意味などにも言及があり、登場人物の関係性を知る上でありがたい解説だった。

 また、第一部と第二部の間の休憩時間に、シャリファ・アマニのヤスミン以前の出演作がダイジェストで上映された。シャリファ姉妹をはじめ、ヤスミン作品で印象的な顔を見せる俳優たちの姿も見られる。紹介されたのはいずれもシュハイミ・バーバ(Shuhaimi Baba )の作品からだったが、パレスチナ支援に向かうマレーシア人の話など、あらすじを聞く限りでは興味深い。いずれ日本語字幕で観る機会があると良いのだけれど。

 さて、本題の『サンカル』。21分の短篇だが、観客に解釈の余地をたっぷり残して余韻がある。Her Storyというプロジェクトで制作されたそうで、HerStory Short Film Project に要約されている通り、実話に基づき女性の人生を五人の女性作家が一本ずつ監督して描くというもの。ほかに参加しているのはバニス・チョーリー(Bernice Chauly)、ミスリナ・ムスタファ(Mislina Mustafa)といった日本でも知られる女優、それからCrystal Woo、Mien.ly の四人である由。

 『サンカル』はSusan Bansin による《Red Hibiscus 》という小説を原作としているそうだが、予算の関係もあり、サラワクのロングハウスを舞台とする原作から、マレー人の物語に翻案したとのことだった。原作は原作で面白そうだが、恐らくロングハウスだとどこに行っても人の目があるのだろうけれど、『サンカル』でははっきりと顔が映されるのは主人公の少女ヤスミンと同級生オマルの二人のみで、「鳥かご」という題名の通り、閉じられた空間での二人の感情がクローズアップされる。

 ヤスミンとオマルはお互い口には出さないものの、同級生たちも二人の想いが通い合っていることには気づいている。ヤスミンの母は病気で寝たきりで、父はいない。高校卒業を控え、美しい彼女の家には次々に縁談が持ちこまれるが、中でもオマルの家から持ちこまれたものは、オマルの父が母の治療費を全て負担するという破格の条件であった。思わず求婚の使者に直接「お受けします」と言ってしまうヤスミン。美しい結婚生活を夢見る彼女だったが、待ち望んだはずの結婚の日を迎え、なぜかその表情は暗かった。

 ヤスミンとオマルの関係が実はどういうものなのかは、終盤にようやく明かされるので、『シックス・センス』のように初見と再見で台詞の意味が違って見える。

 シャリファ・アマニのお話のメモを帰宅してから読み返して気がついたのだが、確かキャスティングについて語った時に、ちらりと《In The Mood For Love 》に触れていたと思う。王家衛ウォン・カーウァイ)の『花樣年華』だが、劇中での梁朝偉トニー・レオン)と張曼玉(マギー・チャン)の関係については観客の想像に委ねられる。『サンカル』のラストは『花樣年華』よりもいっそう暗示的なものだが、なるほどこれだったかと思った。
 『細い目』では王家衛作品のVCDが取り持つ縁でジェイソンと知り合ったオーキッド、それを演じたシャリファ・アマニが監督した作品に、『花樣年華』の影がかすかに落とされていることになるわけだ。