ホー・ユーハン『心の魔』(心魔、2009)

 DVDでマレーシアの何宇恆(ホー・ユーハン/Ho Yuhang)『心の魔』(心魔/At The End of Daybreak)。

 23歳の徳仔(徐天佑)が16歳に満たない少女・盈(黃明慧)*1と交際、少女の両親に強姦罪で告訴すると脅され(未成年者との性行為は合意の上でも強姦として罪に問われる)、パニックを起こして少女を殺害してしまう。この事件の骨格だけ聞けば、男に同情の余地はありそうにない。だが彼の視点から語られるこの作品は、そんな第三者の視点の介入を許さない。

 主人公の家族は母ひとり息子ひとりで、父はほかの女のもとに奔ったのだが、その相手がよりにもよって母の妹だということが説明される。母(惠英紅)はまだ四十歳をいくつか越えたところらしく、成人した息子がいるとはいえ美貌は衰えていない。『アイス・カチャンは恋の味(初戀紅豆冰)』に描かれていた似たようなシングルマザーは、周囲から色眼鏡で見られ、最後には親友にまで疑われるという境遇に陥ってしまった。この母もことによると外では似たような苦労をしているのかもしれないが、家ではそんな気配はおくびにも出さない。息子は正業についているのかどうか、働いている姿は映画の中では見られない。

 一方の少女は裕福な家庭に育ち、両親にはあれこれ口出しを受けるものの、過干渉というほどでもない。娘の万引きには気づかずにいるとはいえ、学校でトラブルに巻き込まれた時も*2、父親が学校にやって来て解決をはかる程度には娘とのつながりを持っている。私の中高生時代、年上の男と付き合っているという噂のある子は、なんとなくクラスの中でも特別なグループにいるか、または皆とそれなりにうまくやってはいるものの基本的には学校の外に自分の世界を持っている、というタイプだったような気がする。この少女は同性の親友はいるものの、後者のタイプのように見える。

 二人がどこで接点を持ち、交際するようになったのかに関しては説明されない。物語が始まった時点で、二人はすでに肉体関係を持っている。それが両親に発覚したのがきっかけで、少女は彼と距離を置くようになるが、それは必ずしも両親に言われたからではなくて、むしろすでに気持ちが離れかかっていたところに最後の一押しとなったということのようだ。すぐに付きあうけれど冷めるのも早い、15歳というのはやっぱり子供だな、と思っていると、実は男の方はもっと子供だと分かる。もう彼女の気持ちは自分のもとにはないことに気づかず、自分の窮地を救ってくれるものと疑わずにいる。それがはしごを外されてパニックを起こし、衝動的に殺害してしまうのだ。おまけに、服を脱がせるのは証拠を消そうという工作かと思いきや、裸にすれば幽霊になって復讐しに来ることは無い、という迷信からだというのもいっそう幼稚な犯行という印象を強める。

 盈の立場からすれば、もうとっくに気持ちの離れた徳仔がまとわりついてくるのも鬱陶しいし、両親とも心情的に距離があり、彼らが徳仔の母から金を強請ろうとしているとしても、わざわざとりなすようなことはしたくない。両親が勝手に何をしようと自分とは関係ないと思っている。だが、彼女はそうやって一方的に徳仔を切り捨てられるが、徳仔の方は実刑が科せられ人生が滅茶苦茶になるかもしれないという瀬戸際でもあるし、そもそも二人の関係はどちらかに一方的な責任があるものとも考えていないので、なんとか盈を説得しようとする。

 英題の“At The End of Daybreak”を象徴するのは夜明けのアザーン。バイクでひた走る徳仔は、アザーンが止み、夜が明けはなれる頃に家に電話をかける。誰も取る者のない電話というのは、『Rain Dogs(太陽雨)』にも見られたモチーフだ。バイクで転倒した彼が通る車に救助を求めても、誰も停まってはくれない。最後まで彼の傍らにあり、助けの手を差し伸べてくれるのは誰だったのか、ようやく知ることになるという趣向。
 本当なら何とか手立てがあるはずだったのに、一つずつ梯子を外されてじわじわと包囲されてゆく、なんともやるせない作品だった。

原題:At the End of Daybreak/心魔
制作年:2009
制作国:マレーシア・香港・韓国
監督:ホー・ユーハン(何宇恆/Ho Yuhang))
出演:惠英紅(クララ・ワイ)、徐天佑(チョイ・ティンヤウ)、黃明慧(ジェーン・ン・メンホイ)、Azman Hassan、ヤスミン・アフマド(Yasmin Ahmad)

RAIN DOGS [DVD]

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*1:タン・チュイムイ(陳翠梅)の『愛は一切に勝つ(Love Conquers All)』の劇中劇のTVドラマに出演していた。

*2:数年前、動画撮影ができる携帯が普及してから、マレーシアでも高校生がリンチの模様を撮影してネットに流すという事件がいくつも報道されていた。この映画でもそうした現実が背景になっている。

 

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