程偉豪『紅い服の少女 第二章 真実』(紅衣小女孩2、2017)

 どちらかというと『神魔対決!魔神仔vs.虎爺』という具合の映画だった。台湾の廟で多く祀られる「虎爺」という神だが、魔神仔に惑わされて山に入った少女の恋人が台中の虎爺廟の童乩(タンキー)という設定で、少女の母(レイニー・ヤン/楊丞琳)から依頼を受けて捜索に協力する。虎爺を迎える神降ろしのシーンはかなり興味深い(細かく描写されているところを見ると、台湾の観客にとっても必ずしも馴染みがあるわけではなさそうだ)。虎爺が降りると童乩は唸り声を上げて四つ足で歩くとか、童乩がえずくと神が去るしるしだとか*1、また憑依中は童乩の本名を呼んではならないという禁忌も。都市伝説や山怪を扱ったホラー映画として、特に中南部の郷土的色彩をより強めた第二作の受容は台湾の観客の関心の所在を示しているのだろう。

 しかしその郷土性よりも、性と生殖に関する健康と権利の側面で、このシリーズ二作がヒットする台湾社会がますます分からなくなった。子供の話を十分に聞いてやれないシングルマザーの自責と娘への愛を軸にしながら、生物学的に存在するはずの父親が完全に免責されている点は恐らく繰り返し指摘されているだろう。「子供は母を選んで生まれてくる」という台詞まで出て来て、中絶への忌避感が繰り返し示唆される。生まれて来る子供に選択の力があるというイメージの中で、しつこいが父の存在は一体どうなるのか(選ばれるのは常に母の腹(子宮)で、父の陰嚢を選んで子供がやってくる、というイメージはあり得ない)。性暴力による妊娠についても、その事実だけが提示されて、未成年の被害者に対するケアの描写はない。母と娘の関係を回復することで、娘も自ら母になることを通じて、「母にとって自分は生まれてこない方がよい存在だった」という疑いを払拭し、自分の生を肯定する。交際相手(なのか親友なのかは明示されないが)の童乩がどうやら責任感のあるらしい好青年であるのと、母は福祉関係の仕事についていて、今後法律婚を選ばない場合も、シングルマザーとして申請可能な補助についての情報にアクセスしやすいのは救いだ。

 望まない妊娠に関しては、それによって生まれた当事者に自責の念を植え付けないことと、特に性暴力被害者の場合は中絶を選択する際に罪悪感を持たされないようにすること、両方の側面から、創作物での表象は慎重であってほしい。プロライフであれプロチョイスであれ、相手の男が一貫して不在であることで、女の側にすべての責任と権限が同時に押しつけられているように見える。

 また、映画のクライマックスになるのは、女の力で生み出され、母と娘の絆に揺さぶりをかける魔神仔(小鬼の姿でうじゃうじゃ出て来る)を、虎爺がちぎっては投げちぎっては投げするのがハイライト。虎爺のよりましとなる童乩の力は祖父から男の孫へと継承されているので、女性原理と男性原理の対決の構造とも取れる。

 エスニック・マイノリティ表象の面では、原住民女性と外国籍労働者が描かれている。

 児童虐待の疑いをかけられる女性は原住民である高慧君が演じており、「部落の親戚に預けた」という台詞もあるので、原住民として設定されていることは明らかだ。だが彼女が行う儀式は「俯身葬」と呼ばれるもので、また身体に記される呪文も道士の護符のようであり、原住民の宗教や死生観とのつながりは示されない。やはりシングルマザーである原住民女性を登場させつつ、原住民部落の共同体的なつながりが途切れたまま、都市に暮らす彼女の背景にはフォーカスせず、亡くした子への愛から邪術に手を染めるという母性のみが強調されている。ここでも、彼女の娘たちの父については一切触れられない。

 冒頭で山中で樹木の盗伐をしている「山老鼠」たちは外国籍労働者で、台湾人の男に命令されて違法行為と知りながら作業に当たっている。台湾で割り当てられた勤務先から何らかの理由で「逃亡」し、合法的就労が不可能な状態の移民工について、社会問題を反映しようとしたのだろう。しかし、アフレコの台詞はタイ語のように聞こえるが、クレジットされたキャストの名前はインドネシア系のようなのが気になった。タイ深南部のムスリムなのだろうか? 台湾のムスリム・コミュニティは、今は回族より人数ではインドネシア出身者が圧倒的に上回っているのだろうが、タイ人ムスリムも含まれているのかもしれない。

★シリーズ前作

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★異なる監督にバトンタッチされたシリーズ第三作

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★同監督の新作

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★童乩信仰について、東南アジア各地や台湾などの童乩への聞き取りや、セアンスの記録が日本語で詳細に紹介されているありがたい一冊。

 

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*1:虎爺に限らず、しゃっくりやあくびを繰り返すのは憑依のサインとして童乩にはよく見られるらしい。