莊絢維『人面魚 THE DEVIL FISH』(人面魚:紅衣小女孩外傳、2018)

台湾の都市伝説ホラー〈赤い服の少女〉シリーズ、第三作にして前日譚。人間を山に誘い込む〈魔神仔(モシナ)〉という山怪は、シリーズ第二作で虎の姿の神〈虎爺〉によって鎮められる。その時に神降ろしをし、虎爺を自らに憑依させて戦った若い童乩(タンキー)が幼少期に、初めて虎爺の憑依を経験することになった事件が描かれている。つまり一種の召命体験を経て父の後継者となる経緯だ。

 人面魚も台湾の都市伝説だというが、この映画では魔神仔の依り代程度の扱いだ。事件の発端は、釣った魚を焼いて食った男が、突然錯乱して自分の家族を皆殺しにしたこと。この男(に憑依した魔神仔)が、虎爺に面会を求めたため、嘉義市は蘭潭の虎爺廟に刑事が訪ねてくることになる。鰻の祟り型の怪談のように見せて、一見幸福で円満そうに見えた家族の〈クローゼットの骸骨〉が暴かれ、魔神仔へと線がつながってゆく。(もはや人面魚は関係ない。魚がパクパク喋るシーンはないのが残念無念)

 主人公は動画製作コンクールでの入賞を目指し、虎爺廟に取材に訪れた中学生。其の母(ビビアン・スー)は別居中の夫から離婚届を送り付けられており、息子の親権を奪われることを恐れて、精神科への通院を渋りがちだ。そんな状況なのに、息子はなんと廟から捨てられた魔神仔の宿った魚を拾って帰り、水槽で育てて観察する。その結果、母には重大な危機が訪れるのだが、知らずにしたこととはいえ、男子というのはどうしてこうやたらに物を拾いたがるのか。

 第二作で娘を生き返らせようとして呪術を用い、魔神仔にしてしまった高慧君はまだ妊娠中。彼女の曾祖母が、一家を皆殺しにした男から依頼を受けていた風水師であることが明かされる。ただ、すでに引退して山に帰っており、出て来ることはない。第二作では高慧君に「部落の親戚」という台詞があったので、少なくとも母方が原住民という設定なのだろうが、曾祖母が風水師というのは漢族なのか、世代的にも事情がよく分からない。

 魔神仔のような山怪に関しては、昔から山間部に暮らしてきた原住民の方が詳しいだろうに、この〈紅い服の少女〉三部作では山地の民の知恵を借りることはなく、平地の視点から魔神仔を語る。もともと魔神仔というのは、原住民の伝承とは特に関連を持たない、平地の人間の山への畏れが投影された都市伝説のようだ。いずれにせよこの映画では、魔神仔は名前を持たず親の愛を受けられない子供の霊の破壊的な力として描かれている。それを鎮めて再びこの世に秩序をもたらすのが虎爺であり、魔神仔が老女や少女の姿を取るのに対し、虎爺は精悍な男の肉体に憑依する。

 この映画で驚いたのは、癌患者の妊婦について、医師が「このままだと母子ともに危険だから、どちらを助けるか早く決めるように」とこっそり夫に伝えるシーンだ。背景は20年くらい前のようだが、治療方針や万一の際の救命措置について患者本人と相談する様子は描かれない。そもそも癌だと告知していなかったのかもしれないが、出産からまもなく妻は亡くなったことになっている。自分の命にかかわる事態について、夫のみが知らされており本人に決定権がないという設定にも困惑するし、2018年の映画でそれが当然のように描写されていることには唖然とする。母が自らの命と引き換えに息子を産んだという美談に回収されるのは、シリーズ三作を通じてのプロライフ的姿勢から想像がつく通りだが、前二作とは異なる監督なのでまた別の展開があるのかとわずかに期待していた。そろそろ台湾でもフェミニズム・ホラーの話題作が出てよさそうだが、受容する側の母性への期待がまだ過大なのかもしれない。

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