タイ・ウェスト『X エックス』(X、2022)

 3月に読んだホラー映画の女性表象についての批評に、父権的な象徴的秩序をさげすみ転覆する力を持った、近年のホラー映画に表れる「Monstrous feminine」の例として『X エックス』と『Pearl パール』も上がっていた。

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 ちょうど『Pearl パール』の日本公開というので、配信で先に『X エックス』を観る。ミア・ゴスのスラッシャーフィルムと思い込んでいたが、彼女よりむしろこの老女役は誰だろう、よくオファーを受けたなあと感心しながら最後まで観て、エンドクレジットでもまだ意味が分からなかった。若い頃の写真がミア・ゴスだったということかと思った。自分の意識下で老人の性が不可視化されていたことがあぶり出された気分だ。

 背景は1979年、テキサスの農場で自主製作のポルノ映画を撮影するプロデューサーと若者たち。保安官が惨劇の農場を訪れる冒頭のシーンは、窓枠によって劇中劇の画面サイズに固定されていたカメラが、ゆっくり前進して現実パートのサイズになる。スクリーンを凝視し俳優の肢体を吟味評価する窃視者としての観客が、映画内現実に引きずり込まれる瞬間だ。

 視線に対して過敏なまでに反応するマキシーン(ミア・ゴス)は、撮影のアシスタントとして参加した監督のガールフレンド・ロレイン(ジェナ・オルテガ)に「他人をじろじろ見るのは無作法だと教わらなかったのか」と絡む。自分をポルノに出演する"whore"であると規定しようとする"nice girl" の視線への牽制かと思わせる伏線。実は彼女はwhoreでもセックスシンボルでもなく、連日テレビで説教している牧師の家出娘であり、自分を骨の髄まで"nice girl"であると暴こうとする視線への防御であったということが最後に明らかになる。

 しかし、ロレインはむしろ撮影現場での体験に感動し、自分も女優として参加したいと申し出る。フリーセックスを大いに語っていた監督は、自分の彼女がそこに加わることには大反対するものの、結局押し切られてしまう。

 マリリン・モンロー風の造形の女優は「クィアでもストレートでも、どんなセックスもOK、誰もが本当はしたいと思ってることを私たちはゃってみせるだけ」とうそぶくものの、そこにはあらかじめ性的な存在から除外された身体がある。老人の肉体がその例で、巨根が自慢の男優は車の中から農場の老人を見つめ、その風貌を笑う。それをたしなめながらも笑ってしまう若い女の残酷さ。

 農場主の妻はかつてダンサーだったものの、夫は二度の大戦に出征、人生を変えられてしまったという。マキシーンは性行為の撮影の際、化粧を施した老女が窓の外から覗いていることに気付き、わざと見せつけるように撮影を盛り上げる。

 他者の視線への欲望は反復されるが、窃視者から出演者への転換は、若い肉体のロレインと、薄くなった髪に老人斑、萎びた肉体の老女では、劇中ではおのずから異なる意味を持たされる。心臓病の夫のために欲求不満の老女が、若い男を誘惑する時、劇中劇はポルノではなく「ろくでもないホラー映画」へと変じることになる。

 

★シリーズ第二作にして前日譚『Pearl パール』

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