ラース・フォン・トリアー『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』

ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2 2枚組(Vol.1&Vol.2) [DVD]

ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2 2枚組(Vol.1&Vol.2) [DVD]

 

 シネマート六本木にて、『ニンフォマニアック』Vol.1とVol.2(公式サイト)を続けて。
 一度観ただけでは消化しきれない部分が多かった。以下は備忘録として。
 顔に痣を作り血を流した女・ジョー(シャルロット・ゲンズブール)が路上に倒れているところを、初老の男・セリグマン(ステラン・スカルスガルド)が発見し救急車を呼ぼうとする。しかし女は救急車も警察も呼ばないでくれというばかり。ミルクティーが飲みたいという彼女を、男はフラットに連れて帰り身の上話を聞く。
 このジョーの少女時代から出産までをステイシー・マーティンが、子育て期間から先をシャルロット・ゲンズブールが演じる。
 少女時代には友人と長距離列車に乗って、目的地までに何人とセックスできるかを競ったり、秘密のクラブを作って「セックスは一人の相手と一度だけ」なんて決めていて、出だしはかなり期待して見た。15歳でとにかく早く処女喪失したいと、ジェロームシャイア・ラブーフ)というユダヤ系の男に頼んで挿入してもらう場面では、表で3回、ジャガイモの詰まった袋をひっくり返すようにして(ご丁寧にジャガイモ袋の映像がインサートされる)後ろから5回、と一々数字が表示される上、聞き手のセリグマンが「フィボナッチ数だ!」と興奮して合いの手を入れたりするのがおかしい。
 ジョーは基本的には歩く人で、小さい頃に父とよく訪れた森を散歩するシーンが何度もある。彼女は生まれた町を離れて全く違う土地でやり直したいなどと考えることはないようで、ずっと同じ町に住み続けているらしい。徒歩圏で全てがまかなえるような生活なのかもしれない。かといって車には乗らないというわけでもなく、むしろ運転にも機械にも強い。最初のセックスシーンでは、エンジンがかからないというジェロームのバイクを、ことが終わって去り際にジョーが無造作にいじると、途端に勢いよくかかる。数年後に再会した時も、ジェロームにできない縦列駐車を一度でスムーズに決めてみせる。*1とはいえ我慢できなくなると「今すぐヤって服」を着て町に出ては、わざと車の不調を装って前の車の男に助けを求めたりする。映画では車のハンドルを握る人間が関係の主導権を握ることが多いが、確かにジョーもどの男との関係においても主導権を握っている。最後に登場するサディストとの関係では、彼女が従順に従っているような形を取りつつ、実はオーガズムを取り戻すために相手を利用しているようだ。
 それにしても、フルタイムで働きつつ毎日7、8人とセックスする(しかも二人ずつまとめて、とかではなく一人ずつ招いているらしい)なんてよく体力が保つものだと感心する。最後には上司の命令でセラピーに通わされるが、職場で噂になっているという理由だけで業務命令が下されるわけではないだろうから、仕事に影響が出るようになったということなのだろう。ただ、このあたりはほとんど説明がなく、セックス依存症だと日常生活にどんな問題が起こるのかはよく分からない。性欲のために家族と共に過ごすこともできないのだから問題だといえば問題なのだろうけれど、セックスと家族ならもちろんセックスを取ると答えられるのであれば、問題はない気もする。それよりも、クリトリスから出血するなどとぞっとしないことを言うので、まず産婦人科にかかったら良いのにと気になってしまった。
 他に不思議なのは、不特定多数の相手と関係を持った場合にまず危惧されるようなことは描かれないところ。性病もそうだし、よく知らない相手と二人きりになれば暴力にさらされる危険も増えるだろうし、人目につかぬように相手を見つけようとしたら、会社の同僚などが出入りしないような場所に足を踏み入れることになり、何らかの犯罪の被害に遭う可能性だって高まる。実際、会社にいられなくなってからは借金の取り立て屋になるのだから、どこかのタイミングで裏社会と接触があったのだろう。第一部では電話してきた相手への対応をサイコロで決めるなんて描写もあったが、急に掌を返したような対応に困惑した男の中には、それを恨んで彼女に危害を加えようとする者だっていて不思議はない。きっとどこかで恐ろしい目に遭わされるのではと心配になって見ていたが、劇中にそういった描写は見られない。もっとも、こういう懸念を抱いてしまうのは、関係を結ぶことではなく性交のためだけに性交する女はいつか罰せられるはず、という私自身の偏見と思い込みによるのかもしれないが。
 とはいうものの、最初の相手のジェロームは(あまりにもできすぎた偶然により)何度も彼女の前に姿を現し、それどころか彼との間に子供をもうけて家族にさえなってしまう。どんなに多くの相手と性交しても、結局愛しているのは彼ひとりなのに、性は彼女を裏切るのだと読み取れば、「ニンフォマニア」というより「セックス依存症」の女性の苦しみというパターンに落とし込んで解釈することもできそうだ。だが、ジョーは自分はあくまで「ニンフォマニア」なのだと言い張るので、そんな単純な解釈は許さないようにも思う。
 ロウ・イエ(婁燁)の『パリ、ただよう花』で描かれるセックスは一種の自傷行為でもあるように感じられたが、『ニンフォマニアック』ではむしろせずにはいられない儀式のように見えた。
 ところで、聞き手のセリグマンの台詞で、自分は"Asexual"だというものがあったように聞こえた。聞き違いでなく本当にそう言っていたとしたら、私はラストに納得がゆかないし不愉快に感じる。まあ、セリグマンが自分をそう定義しているというだけのことかもしれないし、ラース・フォン・トリアーらしい落ちのつけ方ではあるのだが。

原題:Nymphomaniac: Vol.Ⅰ&Vol. II
制作年:2013年
制作国:デンマーク・ドイツ・フランス・ベルギー・イギリス
時間: 117分(Vol.Ⅰ)、123分(Vol.2)
言語:英語
監督:ラース・フォン・トリアー(Lars von Trier)
脚本:ラース・フォン・トリアー
エグゼクティブプロデューサー:ペーター・ガーデ(Peter Garde)、 ピーター・アールベーク・ジェンセン(Peter Aalbæk Jensen)
プロデューサー:マリー・セシリエ・ゲイド(Marie Cecilie Gade)、ルイーズ・ヴェス(Louise Vesth)
出演: シャルロット・ゲンズブールCharlotte Gainsbourg)、ステラン・スカルスガルド(Stellan Skarsgård)、ステイシー・マーティンStacy Martin)、シャイア・ラブーフ(Shia LaBeouf)、クリスチャン・スレーター(Christian Slater)、ジェイミー・ベル(Jamie Bell)、ユマ・サーマンUma Thurman)、ウィレム・デフォー(Willem Dafoe)、ミア・ゴス(Mia Goth)、ソフィ・ケネディ・クラーク(Sophie Kennedy Clark)、コニー・ニールセン(Connie Nielsen)、ウド・キア(Udo Kier)
撮影:マヌエル・アルベルト・クラロ(Manuel Alberto Claro)
プロダクション・デザイン:シモーネ・グラウ(Simone Grau)
キャスティング:デズ・ハミルトン(Des Hamilton)
美術:Alexander Scherer
編集:Molly Marlene Stensgaard、Jacob Secher Schulsinger
衣装:マノン・ラスムッセン(Manon Rasmussen)
字幕翻訳:松浦美奈

パリ、ただよう花 [DVD]

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*1:この場面は『メランコリア』でキルステン・ダンストが結婚式に向かう途中に運転を交替してカーブを曲がるのにも通じる。