ジェームス・リー『黒夜行路』

DVDでジェームス・リー(James Lee/李添興)『黒夜行路』(Call If You Need Me)。
 黒仔(サニー・パン)が従兄の阿順(ピート・テオ)を頼ってクアラルンプールに出てきたところから物語は始まる。
 従兄の妻(彼女?)(蔡恬詩)とその友人モニカ、従兄の弟分たちと食卓を囲む。クアラルンプールは華人の間では広東語が共通語のようになっている街だが、彼らは福建系で福建語が食卓を飛び交う。ただし蔡恬詩は北京語で受け答えするし、弟分の一人、浅黒い肌に金髪に染めたインド系らしい男は広東語を話す。*1 *2
 従兄は高利貸のボスの下で働いており、弟分たちは借金の取立てを日々の仕事にしている。マレーシアやシンガポールの華字紙を見ているとよく“大耳窿”と出てくるアレだ。下っ端だった黒仔はやがて阿順のシマを引き継ぎ、弟分たちを取りまとめるようになる。高校を出てKLにやってきた妹が台湾に進学する頃には、高級車を乗り回しマンションに暮らすようになっている。ゴージャスな美女を連れ歩いているが、アクセサリーかせいぜい暇つぶし以上の存在ではなく、まともに会話している場面は映らない。
 彼の心から離れないのは従兄の妻だが、彼女は突然一ヶ月ほど姿を消したかと思うと、またふらりと戻って来たものの、行き先については語ろうとしない。やがて再び従兄の前から姿を消してしまう。従兄は彼女を連れて新居の土地を見に行ったりしていたが、結局そこには彼女と一緒に移り住むことは無いままだった。
 そのうち、同じ「一家」の内部で抗争が起こり、従兄はまずい立場に置かれたらしく姿を現さなくなる。彼についたインド系の弟分が激しい制裁を受け、黒仔がかばってやった時も姿を見せない。そして、ついにボスがサニーを呼び出す。
 黒道映画でありながら、画面はひたすら静かで、立ち回りが始まる寸前にカットとなり、画面には何も映し出されぬままに終わる。スタント出身のサニー・パンの見せ場になるかと思いきや、全ては画面の外で起こるという贅沢さである。数少ない動的なシーンには、兄弟が集まって誕生祝いにKTVで『買咸帶』(エロビデオを買う)という広東語の歌を合唱する箇所がある。これはこの映画のために作った曲のようだが、ホモソーシャルな共同体として全員が映る最後の場面にはうってつけの曲だ。

  • The Porn Buyer 买咸带 Karaoke Version

 序盤は男たちのとりとめない話が続き(陳翠梅『蘑菇兄弟們』を思わせる)、やや冗長に感じられるが、一気呵成にラストになだれこむ終盤への布石と考えれば納得が行く。女の存在によって兄弟の情がいっそう際立つという王道のパターンだが、サニー・パンが抑えた演技でセクシー・アグリーな魅力を発揮している。
 ところで、ある女性が登場した瞬間に「妊娠してるんだな」と気づいてしまったのは、映画や小説におけるその手のパターンを察知したからというより、単に私が年を取ったせいか。

原題:Call If You Need Me/黒夜行路
制作年:2009
制作国:マレーシア
監督:ジェームス・リー(James Lee/李添興)
出演:サニー・パン(Sunny Pang/馮推守)、ピート・テオ(Pete Teo/張子夫)、蔡恬詩(Thian See Chua)

*1:Mohanとクレジットされているが、『愛は一切に勝つ』でJohnの従兄(自称)を演じたRamanamohanと同一人物だ。

*2:この映画の魅力の一つは、華人の視点からマレーシアの言語状況が生き生きと描かれていることかもしれない。マレー語を話すピート・テオがスクリーンに映るというのはかなりレアなのでは?