ワヒド・ワキリファー『ゲシェル〜ぎりぎり日記』

 アジアフォーカス・福岡国際映画祭にて。
 これはかなりきつい映画だった。3人の出稼ぎ労働者の生活を何の説明も入れずに淡々と描いたもので、語り口としてはかなり好きなタイプの作品なのだけれど、スクリーンに映し出されるのは目を背けたくなるような仕事の風景。
 男たちは海辺に並べられた土管の中で暮らしている。どうやら企業の敷地内なのか立ち入り禁止の場所らしく、人目を避けるようにして暮らしている。酒瓶を捨てた者がいると、土管ハウスの古参の老人が注意して回るような環境だ。みな故郷を後にして出てきたのは現金収入を得るためなのだろうが、運転手、溶接工、トイレの修理工といずれの仕事も給料は決して多くはなさそうだ。
 このトイレの修理工、最初は公衆トイレで休憩する浮浪者かと思ったが、袋から仕事道具を取り出して長靴に履き替えたところでようやくその仕事が分かる。糞尿で溢れたトイレの詰まりをポンプで直そうとするがうまく行かず、結局便器の中に手を突っ込んで便の中から詰まりの原因を取り除く。このシーンが延々と続いてもう見続けるのが辛く、*1 吐き気をこらえていたら次に彼が海で泳ぐ場面が同じくらいの長さで続き、ようやく胸がすっとするような感じがあった。彼は土管ハウスにもかなり長いようで、他の男たちはほとんど着の身着のままで文字通りのねぐらとしているようだが、彼の土管にはきちんと整理された生活用品が並べられている。自分のシャツの臭いを嗅ぎ、幾つも並んだ香水瓶に手を伸ばすカットは切ない。
 溶接工はガス会社のプラントで働いており、処理施設や貯蔵用の球形のタンク内部の酷熱の中で溶接作業を行っている。時々家族に仕送りをしているが、縫いぐるみの中に紙幣を縫い込んでいたのは、イランの郵便事情は分からないけれど盗難が多いのか、銀行経由での送金をしても家族は受け取りが困難というような理由があるのだろうか。
 運転手の労働環境は3人の中では比較的恵まれているようだが、ホワイトカラーの大企業の従業員の暮らしを垣間見るにつけ面白くない思いを感じている。最後にスーツにネクタイで警備員の目をくらました彼は、こっそり社員食堂(ホテルのレストランのようでかなり豪勢だったので何かの催しか?)に潜り込んでタダ飯を食ってくる。最後の最後に配されたこの場面の爽快さは類を見ない。
 都市の底辺で暮らす男たちの姿が描かれるが、終盤になってようやく女性がちらりと姿を見せる。街で拾って土管ハウスに連れてきた女だ。彼女の姿はシルエットが映る程度で、顔はおろかほとんどその姿も画面には入らない。存分に楽しもうと連れてきた彼らだが、突然中のひとりが彼女を連れて車のところに走って行き、喧嘩になる。実は彼女はかつての同僚の妻で、夫を亡くして立ちん坊のようなことを余儀なくされていたということらしい。出稼ぎで男たちばかりが寄り集まって暮らしているとなれば、彼らの相手をする女たちも出て来るのだが、翌日彼女が子供たちと暮らす小屋を訪ねるシーンには何とも名状し難いものがある。
 今年のアジアフォーカスでは移民労働者の姿をとらえた作品が目立ったが、その中でもこの『ゲシェル』に描かれた労苦や悲哀だけではないエネルギーの爆発、そしてそこはかとないユーモアは深い印象を残した。

原題:Gesher
制作年:2010
制作国:イラン
監督・脚本・編集:ワヒド・ワキリファー(Vahid Vakilifar)
プロデューサー:モハマド・ラスロフ(Mohammad Rassoulof)
出演:ホセイン・ファルジンザデ(Hossein Farzi-Zadeh)(ジャハン)
ゴバド・ラーマニナサブ(Ghobad Rahmaninassab)(ゴバド)
アブドルラスル・ダラヤペイマ(Abdolrassoul Daryapeyma)(ネザム)
撮影:モハマドレザ・ジャハンパナー(Mohammad-Reza Jahanpanah)
録音:Vahid Hajilouee

*1:おまけにこの日の夜は映画館と同じ階のインド料理屋に入ったものの、カレーが並べられてからこの場面を思い出してしまい、もうほとんど手を付けられなかった。