李紅旗『冬休みの情景』

 アジアフォーカス・福岡国際映画祭一本目、中国の李紅旗(リー・ホンチー)『冬休みの情景』(寒假)。昨年のNHKアジアフィルムフェスティバルでも上映された作品だが、私は初見。
 前作の『ルーティン・ホリデー』(黄金周)と基本的なパターンは同じ。固定したカメラでただひたすら登場人物の対話を映すのだが、彼らの口からは言い古されて舌に苔が生えそうな言葉(“為建設中國特色的社會主義而奮鬥”とか“她對早戀的危險性有了深刻的認識”だとか)が、糞真面目に妙な間で、しかも予想の斜め上を行くシチュエーションで繰り出される。監督は小説や詩も書くとのことで、今年の大阪フィルムフェスティバルでのQ&Aでは、ベケットを愛読している旨を語っていたが、本作にも不条理な雰囲気が漂う。とはいえ少々あざとさが鼻につく感じがあった『ルーティン・ホリデー』に比べ、本作のたくまざるユーモアには思わず苦笑せざるを得ない。このオフビートなおかしみは台詞の力に負うところが大きいのだが、日本語の文脈だとそのずれの感じが表現できないのが残念だ。
 「いい子にしてないとおじさんが来てぶたれるぞ」と子供が繰り返し叱られるのだが、なんだか『ぼのぼの』の「しまっちゃうおじさん」を連想して可笑しかった。この子がふくれっ面で「もうお祖父ちゃんの孫はヤダ(我不想再給你當孫的了)」と言うのに対し、祖父が「孫が嫌なら何になるんだ?わしの祖父ちゃんか?(你不當孫當什麼?當我爺爺啊?)」という場面は予告編にもなっている名台詞だが、上映前にこれが流れるたび会場では笑い声が起こっていた。この子の顔が笑いを誘うというのもあるけれど、「じいちゃんになるか?」という台詞が日本語の文脈でも充分笑えるというのはちょっと驚き。ちなみに、この祖父が観ているテレビに映っているのは『ルーティン・ホリデー』である。
 いつもつるんでいる高校生男子(このうっすら髭が生えているが子供っぽさが残る連中のキャスティングがまた良い。多分プロの俳優ではなくて演技経験も無いのではないだろうか。)たちの会話で、“你活得不耐煩了嗎?”と訊かれた方が“你說我活得不耐煩?”と色を成し、何だかよく分からぬままにもう絶交だ、ということになった上、“朋友一場,我給你最後一個忠告:操你馬勒戈壁!”とか言い出すシーンがある。“馬勒戈壁”なんて人間の口から発せられるのを初めて聞いた、と感動を覚えたのはさておき、観たときは“你活得不耐煩了嗎?”と言われてどうして怒るのかがピンと来なかった。考え落ちではないがしばらく考えてようやく意味がわかり苦笑。「生きるのにうんざりしたか?」というのは、そういえば「お尻が痒いのかね」ではないが「てめえ死にたいのか?」という脅し文句にもなるのだった。この高校生は何の気なしに「人生に疲れたのか」と聞いたところ、相手は「人生に飽きたなら始末してやろうか」と受け取って腹を立てたのだった。
 舞台は内モンゴルということで、キャストにもモンゴルの名前がちらほら見えたが、台詞は全て中国語だし、どこの地方都市に置き換えてもそのまま成立しそうな作品だ。「薬を飲み忘れた」ちょっとイカレた生物教師がゴーギャンの言葉を引用しながら力説する場面に続き、英語教師が “How to be a useful person for society?”と授業を始め、生徒はうんざりした様子で仕方なく黒板に目をやる。空虚な上滑りする言葉の中で生きる彼らは、その言葉から意味を奪い、どんどんずらしてゆくことで自分の空間を切り開いてゆくのかもしれない。
 ふてぶてしい面構えの少年が、もう一人の少年から金を巻き上げるのに平手打ちを繰り返す場面がある。今年のアジアフォーカスで上映された作品では、私が観たもののうち『歓待』『Bleak Night』にも平手打ちの場面があった。同じく中国の新褲子(New Pants)というバンドの"Love Brings Me Home"のMVにもメンバー三人が順番に平手打ちをするものがあったが、映像表現における平手打ちの意味、などをついつらつら考えたくなってしまう。

  • "Love Brings Me Home" by NEW PANTS (2:35過ぎから平手打ち)

 

 プロデューサーとしては数名がクレジットされていたが、中に張律の名前を発見。『キムチを売る女』の張律だろうか?音楽は前作に続き左小祖咒、それから「頂樓的馬戲團」とあった。上海のバンドだそうだ。“嗯?”“嗯”と少年少女がやりとりする挿入曲が妙に耳に残り、翌朝は頭の中でこれが鳴って目が覚める始末だった。スタッフでは他に前田佳孝という名前が見えたのは、中国のインディーズ映画制作集団(でいいのかしら)・黄牛田電影に参加しておられる方か。
 ところで、少女が彼氏に別れを切り出す場面に、一瞬だけ老人と孫のカットが入ったのは意図しての編集だろうか?明らかにそこだけ編集のリズムが不自然だったけれど、NHKで上映された時もこのつなぎだったのかと気になった。

原題:Winter Vacation/寒假
制作年:2010
制作国:中国
監督・脚本:リー・ホンチー(李紅旗/Li Hongqi)
出演:バイ・ジュンジエ(白俊杰),ジャン・ナーチー(張娜琪),バオ・ジンフェン(包金鋒),シエ・イン(謝英),ワン・フイ(王輝),バオ・レイ(包雷),バイ・シャオホン(白小紅),ジー・フェン(志峰),ウー・グオション(吳國雄),ジアン・チャオ(姜超),シャオ・メイチー(邵美琪),ヤオ・ラン(姚郎)
音楽:左小祖咒,頂樓的馬戲團