ホー・ユーハン『Rain Dogs』(2006)

 シネマート六本木にて「アジア新星流」の最終日。マレーシアの何宇恆(ホー・ユーハン)『太陽雨』(Rain Dogs)をやっと観られた。

 何宇恆のフィルムはアテネで『Sanctuary(霧)』を観て意識が遠のいたので、よもやと危惧していたが、『太陽雨』はずっと親しみやすくて、最後まで引き込まれて見た。特筆すべきは映像。『霧』ではDVのせいだろうが全体に乾燥して白っぽくて、傘を引きずる映像の反復とあいまってガリガリと神経に障る印象だったが、本作は闇の比重が高く、湿り気を含んでとても魅力的。ラスト近く、木漏れ日の下で主人公と少女が座る場面があるが、暗い場面が多かっただけに対比が鮮やかだった。

 ビリヤードや伝統的祭祀など、描かれるモチーフには『霧』と共通する部分もある。*1 こっちを観てから『霧』を観ればもっと色々見えたかもしれない。

 主人公トンは大学入試の結果待ち中の少年。母の元を離れ、クアラルンプールへ兄を訪ねて行くところから物語は始まる。彼は広東語を喋るが、褐色の肌であまり華人らしい顔立ちではない。母親が彼の父との結婚を猛反対されたというのは、特に言及は無かった(と思う)がことによるとエスニック・グループの相違によるものかもしれない。ネットで台湾電影節での上映時の感想をざっと見たところ、彼はインド系と中国系の混血だという前提をみな共有しているようなので、台湾ではそのように紹介されたのだろう。(台湾社会では「族群問題」の側面に注目が集まりやすいのかもしれない) トンが思いを寄せる中国系の少女(華語を喋る)も、好きだった人が忘れられないと告白するのは、自身が同様の問題に遭遇したことを暗示するようでもあるし、あるいは単なる無難な断り方としてそう言ってみただけのようでもある。

 ゆっくりしたペースで進行するのだが、重要な情報がさりげなく提示されるので、うっかりすると見過ごしてしまう。たぶん繰り返し見る都度に新しい発見のあるタイプの映画で、それだけの鑑賞に堪えると思う。映画館で映像と音楽*2をじっくり楽しむのが一番だが、ソフトを手に入れてまた観たい。

 今回の字幕は2006年の東京国際映画祭上映時のものとのことで、英語字幕が一緒に出ていた。日本語もどうやら英語からの重訳のようだった。

 

 

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*1:『霧』では半月型の木片を投げる占い(擲杯)が印象的だった。多分あそこで出た卦が重要なポイントだったと思うのだが、吉凶の読み方が分らなかったので残念

*2:Odetta の黒人霊歌《 Sometimes I feel Like a Motherless Child 》が印象的。