ラシード・マシャラーウィ『ライラの誕生日』(Eid Milad Laila、2008)

 東京国際映画祭・アジアの風部門の今年の目玉は、キム・ギヨン特集とパレスチナの監督ラシード・マシャラーウィ(Rashid Masharawi)特集。マシャラーウィは未見、アラブ映画祭でも見逃したので、この機にできる限り観ておくことに。

 一本目はTOHOシネマズ六本木ヒルズにて、今年できたばかりの『ライラの誕生日(Eid Milad Laila)』。主演は『ジェニン、ジェニン!』(未見)の監督としても著名な喜劇俳優、モハメド・バクリ(Mohammed Bakri)。監督・出演作含めて彼の作品も初めて観た。

 舞台はパレスチナのラマッラー。アブー・ライラは元判事だが、今は生活のためにタクシーの運転手をしている。一人娘の誕生日を迎え、今日はプレゼントとケーキを買って早めに帰宅するつもりだ。妻と娘ひとりの三人家族という構成は、今回観たマシャラーウィ監督の他の作品に出て来るアラブの大家族とは異なるし、宗教もキリスト教のようで、パレスチナに戻るまではどこか西側でそこの暮らしになじんでいたような感じを受けた。

 彼の日課は、まず役所通いから始まる。元々彼は国外で十年間のキャリアを有する判事で、政府の求めに応じて帰国したものの、いつになっても任命されないのだ。交渉のために日参して(入口の警備員とも顔馴染み)いるものの、問題は先送りされ担当者まで配置転換してしまう始末。この調子ではタクシー運転手を続けるしかない。お役所仕事は警察でも同様で、客が忘れた携帯電話を届ければ根掘り葉掘り聞かれ、いつになっても手続きを取ってもらえない。

 運転手としての彼は、まじめで用心深く、融通が利かない。車内での喫煙はお断りで、助手席に乗るならシートベルトは必須(後部座席なら締めなくてもいいらしい)、検問行きは断るし武器を携行した客も乗車拒否。乗って来る客もみなそれぞれに事情を抱えている。夫の墓に行ってから病院に診察を受けに行きたいという女性、ネットカフェより安いからとタクシーを利用しようとするカップル、携帯電話を忘れて行った客は現在不倫中。運転手が外に出ていても、客は勝手に乗り込み戻って来るのを待っているのがおかしい。しかも車を離れる時に施錠せずにふらふら出かけるので、不心得な輩が乗り逃げしたりしないものかと余計な心配をしたくなる。

 娘に誕生祝いを買おうと店に入れば、店番の子供はシューティングゲームに夢中。大人は銃器で武装して街をうろつき、子供はゲームで敵を撃ち殺す。エンストした車を修理屋に持ち込んで、カフェで時間をつぶしていると、修理屋の向かいにミサイルが飛びこんでくる。負傷者の搬送にタクシーが使われたため、自分は別のタクシーで追いかけることに。

 タクシー運転手の一日を通し、生老病死のすべてが描き出される。繰り返し登場する客に、十年間の刑期をつとめた活動家がいる。運転手は慎重なタイプで政治活動には関与しないが、散々な一日のあとで交通マナーの悪い車にぶち切れ、警察車両のマイクを奪って交通整理を始める。「道はみんなの物、空は侵略者の物!」次第に彼の演説はエスカレートし、「普通の暮らしをさせてくれ!」と叫び出す。道の脇から、先ほどの活動家が彼の姿をじっと見つめている。キレたおっさんが制止を振り切ってマイクを握ったまま延々としゃべり続ける、非常にコミカルな場面だが、喜劇的なしぐさと重いメッセージが見事な対照を見せる。

 結局ライラへのプレゼントもケーキも買えぬまま、疲れきって彼は帰途につく。「今日はどうだった?」と聞かれ、「いつも通りの一日だったよ」と答える。それでも、一日のエピソードすべてが効いて来る巧みなラストで、希望のある終わり方になっている。

 

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