ラシード・マシャラーウィ『ハイファ』(Haifa、1996)

 パレスチナのラシード・マシャラーウィ(Rashid Masharawi)監督の96年の作品、『ハイファ』(Haifa)。ラシード・マシャラーウィは08年の特集で『ライラの誕生日』『エルサレム行きチケット』『Waiting』『外出禁止令』の4本を観ている。

 『ハイファ』は都内でも確か幾度か上映されている筈だが、なかなか縁がなく今回が初見。『ライラの誕生日』と同じくモハメド・バクリ(Mohammed Bakri )が主演だが、この人はこんなに眼が青かったっけ、と驚いた。

 モハメド・バクリ演じるハイファとあだ名される男が主人公。「ヤーファ、ハイファ、アッカ!」と叫びながらおもちゃの銃を提げて街を徘徊する男は、かつてハイファを後にしてこの難民キャンプにやって来た。掘っ立て小屋にひとりで暮らしており、小鳥と猫が家族だ。特に定職に就くでもなく、ふらふらして暮らしている彼に、街の人々はあれこれ買ってやったり食べ物を分けてやったりしている。言いたくても言えないことを誰はばかることなく思い切り代弁してくれるのは、彼だけなのだ。

 彼をトリックスターとして、一方で描き出されるのは元警察官の一家。状況の好転を信じる父だが、病に倒れ寝たきりになってしまう。息子は収監中で、娘は近所の少年と幼い恋を育んでいる。母はなんとか家族の幸福をと、息子に嫁を見つけ、娘は進学させずに早めに嫁がせようと計画している。

 息子の見合い話や娘の恋のエピソードに代表されるように、警察官の一家は難民キャンプの生活が向上することを期待し、仕方ないなりに現状で最良と思われる方法を考える。ただ、息子は希望的観測を持たず、母が用意した縁談も無視する始末。この映画が96年のものだから、もう14年の月日が流れているわけで、48年のナクバからの年月を考えるといたたまれない。

 一方で、ハイファやその伯母は、身体は難民キャンプにあっても心はまだ故郷にある。ハイファは故郷に恋人の少女を残して来ており、折に触れて彼女を思い出しては帰って結婚するのだと言い張る。だが、故郷に残った親戚は世を去り、少女は別の男と結婚したとの知らせが届く。

 故郷を離れて、しかも自分たちの主権のない、仮住まいの生活が何十年も続くということを思う。さて、ハイファはもらった西瓜に「どこに行くんだ?アッカ?」と話しかけ、「それは遠いな、ひとりで行け!」と放り投げる。

 

★遺された街ハイファについては、2014年にハイファの美容室を舞台に撮影された短編ドキュメンタリーがある。アラブ人キリスト教徒とユダヤ人が共に暮らす街で、女たちの結びつきが描かれている。

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