ウー・ミンジン『タイガー・ファクトリー』&エドモンド・ヨウ『インハレーション』(2010)

 東京国際映画祭で二本併映。最初にエドモンド・ヨウ(楊毅恒)の短編『インハレーション』(Inhalation/都是正常的)が上映され、それからウー・ミンジン(Woo Ming Jin/胡明進)『タイガー・ファクトリー』(The Tiger Factory /虎廠)という順番。2つの作品世界は共通で、それぞれ異なる登場人物に焦点を当てて描かれている。

2010.tiff-jp.net

 

◆『インハレーション』(エドモンド・ヨウ)17分 

 養豚場で働く少女が、日本に渡ることになり、男に「私のこと待たなくていいから」と告げる。そして旅立ったはいいが、わずかひと月で強制送還。車で迎えに来た男の家にひとまず身を寄せようとしたら、もうすでに他の女と付き合っていたことが判明…。

 ゴミの舞う夜の路上をうろつきながら、二人は出口のない会話を続ける。男から渡航費用を借りて、日本で一儲けして帰国して返すつもりだったという女。彼女は学歴が無いのでマレーシアで収入の良い仕事に就くのは難しいが、親が飢えているのに自分ひとりだけ学校に通うわけにはいかない、仕方ないんだと弁解する。男は諦めたように、「俺から金を借りるのも当たり前、一ヶ月で送還されるのも当たり前、全てが当たり前なんだな(都是正常的)」と言い返す。さらに、モンゴル人女性モデルがマレーシアで殺害された事件、教会焼き打ち事件などを持ち出し、どれもこれもお前の言に従えば“都是正常的”ということだな、と追い打ちをかける。すごく痛烈で突き刺さる部分はあるのだけれど、最後はマレーシアの現状に着地させなくても、もっと普遍的に開いたままにしておいてもいいような気がした。もっとも、具体性によって説得力が生まれる部分もあるから難しいところではあるが。

◆『タイガー・ファクトリー』(ウー・ミンジン)84分

 ウー・ミンジン監督の作品は『水辺の物語』を九月に見たばかりだが、今度は撮影のスタイルががらりと変わっていて驚いた。『水辺の物語』のカメラはほとんど静止していたように思うけれど、こちらは一転して(ワンカットの長さこそさほど変わらないものの)かなりダイナミックな動き。

 

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 『インハレーション』同様に養豚場の場面から始まる。『いのちの食べ方』で牛の精液を採取する映像は見たことがあったが、豚のものは初めて。採取の方法は似ているようだったが、豚の方は本物の牝豚を使うのではなく、机のような台(Wikipedia 情報だと「擬雌台」というそうだ)に上体を乗せていた。大型の試験管のような容器に採取するのだけれど、それほど大型の豚でもないのにあまりの量でぎょっとする。*1ぎょっとすると言えば、それをさらに牝豚の体内に入れるのだが、あんなに雑に突っこんで痛くないのかしら、というのもさることながら、人間でいえば小陰唇に当たるのか、鮮やかなピンクの襞が露出してドキッとした。メスの生殖器というのは、自分にも同じようなものが付いていると頭では分かっていても、なぜか平常心で見られないところがある。その後もずっと残像がちらついて、なんだか胸がざわざわして仕方なかった。

 一つ一つの場面が、それが映っている時には何をしているのかよく分からず、次の場面まで進んでようやく「さっきのはこういうことだったのか!」と分かるような仕掛けの映画。私はこのパターンの映画がかなり好きなので、スペシャル・メンションというのも納得。

 私はマーガレット・アトウッドの『侍女の物語』を思わず連想した。セックスというのは生殖が目的の一つであるにせよ、それが目的の全てとなった途端にぞっとする、醜悪なものになる。日本に行きたい、何とかしてこの閉塞した生活から逃れたい、と願う主人公は、女(パーリー・チュア/Pearlly Chua/蔡寶珠)*2の斡旋で妊娠を繰り返す。てっきり人工授精かと思ったら、そんな設備の必要なことをするわけがなく、種馬ならぬ男たちを雇って若い娘を妊娠させるというすばらしいディストピアだ。だが、これはマレーシアで実際に報じられたベイビー・ファクトリーさながらの赤ん坊の売買事件から着想したとのこと。どうしても育てることのできない赤ん坊を闇ルートで売る、ということはあっても不思議は無いが、妊娠するところから請け負うとなるとかなりSF的な色彩を帯びる。現実は小説より奇なり、というのはこういうことか。

 だが、同時に細部が妙にリアルでもある。精液の逆流を防ぐため、行為の後は足を上げて腰を高くした状態でしばらく休む、なんておまじないのようなことを真面目にルーティンワークとしてしているのが、本来ならほほえましい程度で済むのがこの映画では随分悲壮だ。とにかくどこへ向かってもあまりに出口が無いので、だんだん胸が詰まってくる。

 ところで、マレーシアでは中絶のための薬が処方箋無しで手に入るらしい。20リンギットだったか、数百円程度の値段で買っている場面があった。日本ではアフターピルも病院で処方してもらわないし(数年前に中国では店頭で売っているのを見かけたけれど、今はどうなっているだろう)、着床後に中絶するには医師の診断が必要な筈だが、マレーシアはそのあたり問題は無いのだろうか。また、中絶には宗教的な問題も絡んでくると思うけれど、法的にどうなっているのかちょっと気になる。

 それからもう一つ、後になってあれは何だったんだろう、と思った場面があったので、また次に観る機会(日本との合作でもあるし、配給の話もあるようだ)に備えてメモしておく。主人公は友人と一緒に闇金に金を借りに行くのだが、担保が無いので一度は断られる。「担保が無ければ2階に上がれ」と言われて、友人は上がらないが彼女は上がる。それで友人のために身体を担保にして借りてあげたのかと思っていたけれど、あとでよく考えてみたところ、『インハレーション』のほうではその友人は恋人から借金したことになっていた。友人は単なる付き添いだったのか、それとも『インハレーション』は設定と登場人物は同じだが完全に同じ世界の話ではない、ということか?

 

 

 

 

*1:この論文要旨によれば、10〜20カ月齢のミニブタで平均134mlだそうだ。普通サイズの豚ならもっと多いということ?

*2:蔡明亮の『黒い眼のオペラ』(黑眼圈)でもおなじみの役どころだ。