ウー・ミンジン『The Elephant and The Sea』

 DVDでマレーシアのウー・ミンジン『The Elephant and The Sea』(2008)。
 原因不明の(語られない)疫病に襲われた後の村という設定は、2005年の短篇『Catching The Sea』をふくらませたものといえるだろう。ここでは少年(李承運)と中年男性(鐘國強)を主人公に、それぞれの交わりそうで交わらない物語が展開される。
 少年は兄貴分とつるんで、人通りのない山道に木ぎれを並べ、通りかかった車をパンクさせてはタイヤの交換をすることで小銭を稼いでいる。海に餌をいれた網籠を仕掛けたりもしているが、基本的に罠を仕掛けて獲物がかかるのを待つというタイプの稼ぎだ。それがある日、海に大量に小魚が打ち上げられているのを見つけ、大喜びで拾い集めて帰る。どうやらこの魚が村人の集団死の原因となったらしい。
 中年男の阿牛は四日間の漁を終えて村に帰ってくると、不在の間に妻が病死し家は封鎖されたことを告げられる。同様の境遇の男たちは教会で寝起きすることになる。妻の遺骨は空き缶に入れられ、ボランティアは支援物資と称して不要品ばかり詰めた段ボールを持ってくる始末。ようやく帰宅が許されて見れば、鶏小屋の鶏も死に絶えている。鶏の死骸をゴミ箱に放り込み、妻の遺骨も川辺に棄てる。
 一方の少年も、兄貴分に死なれ、その家族でただ一人生き延びた妹(黄明慧)となんとなく距離が縮まるかのように思われる。兄貴分の物だったらしいカメラや携帯といった品が、こっそりバイクに置かれているのはどうやら妹のしわざのようだ。少年自身の家族や住居については描かれないが、元々親も兄弟もいなかったのかもしれない。彼は秘密の風俗店に雇われ、バイクで客の送迎をすることになる。
 そこに阿牛も「敏荷」なる人物を訪ねるべく電話をかけるが、なぜかつながったのは風俗店。どこからかけているか答えると、やがてバイクで迎えが現れる。これがくだんの少年で、ここで二人の物語が交わることになるのかと思いきや、登場したのは全く別の男。少年はすでに首になっていたのだった。連れて行かれた風俗店で、結局「敏荷」には会えないが、成り行きでサービスしてもらうことになった阿牛は、味をしめた様子で店に通い始めてしまう。二度目の来店で登場した風俗嬢、個室に入るなりいきなりベッドに大の字になって「やるの?やらないの?」と言い出すのだが、顔を見たら『愛は一切に勝つ』『夏のない年』の監督、タン・チュイムイ(陳翠梅)だったのは笑った。
 阿牛とニアミスした少年の方は、何とかひともうけしようと繰り返し宝くじを買い、体表に数字が浮き出すという魚をショップでしげしげと観察する。たまたま拾ったオオトカゲは思った程の値がつかず、「クマなら高く買うよ」と言われて今度は森に罠を仕掛けにゆく。しかし何がかかったかと期待に胸を高鳴らせて見に行けば、近所の子供が餌の果物を嬉しそうに食べている始末。しかしそんなことをしているうちに彼にも運が向いてきたのか、魚の告げた番号で買った宝くじが当たってまとまった金が手に入る。さっそくピンクのワンピースを買って、兄貴分の妹を職場に迎えに行く。彼女をバイクの後ろに乗せて、映画を見に行くのかと思いきや、かつて雇われていた風俗店に行って彼女を売るのである!この妹を演じる黄明慧、ホー・ユーハン『心の魔』でもボーイフレンドに殺されていたが、よくよく男運に恵まれない役が続いている。金を手にした少年はいそいそと、数字を告げる魚を買い取りに行く。しかしあいにく一足先に買われてしまっていた。彼は仕方なく少女を請け出しに店へ戻る。
 風俗店の一件を機に生気が戻ったように思われた阿牛だが、ふらふらと森へ迷い込んでゆく。そこに現れたのは一頭の象。しかし彼は驚くでもなく歩き続ける。滝壺へとたどり着いたが、そこには先客がいた。水中で気を失っていた老人は、引揚げて介抱すると息を吹き返し、阿牛と並んで腰掛ける。この老人とトラックに乗せてもらって帰る途中、阿牛はふと気分が軽くなるのを感じる。家に着いて鶏小屋を見れば、遺された卵からかえったヒヨコがちょこちょこと駆け出してきたではないか。
 まったくの絶望の中にいたかに思われた阿牛が次第に光明を見出してゆくのと反対に、少年は自分の無力さを覚る。「向こう岸まで泳いで戻って来られたら何でも言うことを聞いてあげる」という少女の言いつけ通り、石を抱いて海に入ってはみたものの、溺れ死ぬまで頑張るほどの根性があるわけもなく、心配するまでもなくしばらくもがいたところですぐに浜に上がってきては呆れられる。
 一貫して固定したまま動かないカメラ(一度だけわずかにパンする)に映る登場人物の行動は、時として無目的で因果関係を欠くように見えるが、じっと見ていると少しずつ関連が分かってくる。車をパンクさせるための計略を、その手に一度は引っかかったインド系の男に盗まれ、今度は自分のバイクがパンクさせられて修理してもらうはめになるなど、小悪党の騙し合いが何とも間の抜けて喜劇的な要素を加えている。

【予告編】

原題:The Elephant and The Sea
製作年:2008
制作国:マレーシア、オランダ
時間:95分
言語:広東語、福建語、華語(普通話)、マレー語
プロデューサー:ウー・ミンジン(胡明進/Woo Ming Jin)、エドモンド・ヨー(楊毅恒/Edmund Yeo)
監督:ウー・ミンジン
脚本:ウー・ミンジン
出演:鐘國強(Chung Kok Keong)、李承運(Berg Lee Seng)、黄明慧(Ng Meng Hui)、タン・チュイムイ(陳翠梅/Tan Chui Mui)、趙堅華(Chew Kin Wah)、張偉倫(Cheung Wai Loon)
編集:Kok Kai Foong
撮影:Chan Hai Liang
音楽:Ronnie Khoo、エドモンド・ヨー
美術:Lee Gim Weng