ラシード・マシャラーウィ『エルサレム行きチケット』(Tadhkirah ila al-Quds/Ticket to Jerusalem、02)

 ラシード・マシャラーウィ(Rashid Masharawi)監督の02年の作品『エルサレム行きチケット(Tadhkirah ila al-Quds/Ticket to Jerusalem)』鑑賞。

 イスラエルの作家デイヴィッド・グロスマンの『死を生きながら イスラエル1993-2003』に収録された文章に、たしか旅先からエルサレムに電話をかけようとする場面があった。国際電話をかけると告げて、エルサレムと地名を言うと、「それって天国じゃないの」、電話なんかかけられるのか、と問い返される。幼い頃から聖書に触れて育ったヨーロッパの人々にとって、エルサレムという地名が喚起するイメージは現実の地名というよりまるでおとぎ話のように感じられるのかもしれない。もちろんこの映画のエルサレムは現実の都市。

 舞台はヨルダン川西岸地区のラマッラー。映写機で各地を回り、子供たちに映画を見せている主人公ジャベール(ガッサン・アッバス/Gassan Abbas)。無料上映会で、主催団体からガソリン代くらいはもらうもののほとんど手弁当らしい。検問をくぐってようやく会場にたどり着けば、停電で誰も来ないと言われたり、子供に映画を見せるだけで大変な苦労だ。妻サナ(アリーン・ウマリ)は医師で、子供のない二人はどうやら妻の稼ぎでむつまじく暮らしているようだ。妻は夫の情熱にある程度の理解は示しているものの、映画より日々の糧を心配して欲しい、と感じているのも現実。

 二人はレバノンの難民キャンプからパレスチナに戻って来たらしいことが次第に明らかになる。しかも、八方ふさがりの現実に、周囲からは弟を頼ってカナダに行ってはどうかと勧められてもいる。

 やがて、エルサレム市内に住む女性教師から、子供たちのために映画を上映して欲しいとの依頼が来る。ジャベールは心情的にはぜひやりたいが、市内での上映会には様々な困難が伴う。映写機を積んで検問を越えるのは難しいし、上映できる会場も探さねばならない。だが、女性教師の家を訪ねるうちに、何としても上映会を実施せねばならないと決意を固める。

 女性教師は老母と二人で暮らしているが、元々建物全部を所有していたのに、ユダヤ人入植者に家を占拠され、母娘はいまやただ一部屋に押し込められ、中庭も自由に使えない。それどころか、共用のトイレや敷地への入口にはしばしば鍵がかけられるという嫌がらせを受けている。ジャベールは上映会場として中庭を提案するが、これ以上入植者を刺激したくないという母親に猛反対される。しかし、パレスチナ人がイスラエルに存在することを示すためには、何が何でも、旧市街地にある、まさに入植者に占領されたその建物で上映会を開催せねばならない。

 今回東京映画祭のマシャラーウィ特集で観た4作品はほとんど自治区が舞台で、ユダヤ人入植者の姿が具体的に描かれていたのはこの作品だけだった。イスラエル側の知識人の言葉として、再びグロスマンからの引用をメモしておく。

 

 

     たとえば、どうしたら自分たちの被害者意識を一掃できるのだろうか。どうしたらいまの自分たちがもつ強大な力について、そして自分たちの攻撃的で冷酷な仕打ちについて、適切な姿勢をとれるようになるのだろうか。わたしたちは「選ばれた民」だという自覚をもっているが、問題をはらむこの自覚にどう対処したらいいのか。〈選ばれてあること〉はつねに排除と、さらに呪いの要素さえ含むものだというのに。唯一で特別な、選ばれた民であると考えている国が、奇蹟や災厄のない日常生活の瑣末さとともに生きることを学べるのだろうか。そして最後に、ほかのさまざまな国家にかこまれて、みずからのしかるべき位置を見出すことができるのだろうか。
    前掲書、「ホロコーストの記憶をはこぶ伝書鳩

 

 上映後の監督とサナ役の女優で監督の妻でもあるアリーン・ウマリによるティーチインがあり、色々と話を聞くことができた。

 フィクションとドキュメンタリーを組み合わせたような作品で、俳優が演じてはいるもののエピソードは現実に基づいており、イスラエル軍の兵士や戦車、検問といった道具立てはすべて現実のものだという。入植者に部屋を占領されたパレスチナ人の話も事実起こったことで、《 Behind The Walls 》という短編ドキュメンタリーで作品化されているそうだ。この巡回上映も、95年に監督自身が企画しラマッラーのオフィスを中心に行っていたものである由。それが2000年の第二次インティファーダ後、イスラエルの再占領が拡大し上映が困難となる中、この映画を企画したのだという。ちなみに、水タバコ屋の主人役はラマッラー唯一の劇場・映画館であるアルカサバ・シアターの支配人であるとの事。本職の役者でエリア・スレイマンの作品にも出演しているというので、おそらく『D.I.』(未見)のサンタ役 George Ibrahim だろう。アルカサバ・シアターのサイト(かなりの規模の劇場だ)にも General Director として紹介されている。

 驚いたのは、赤新月会の救急車について質問が出た時。車体にアメリカの支援団体のロゴが入っているのだが、なんとこの団体、パレスチナに援助として救急車を贈る一方、イスラエルには最新式の戦車と飛行機を援助しているのだとか。それであえてロゴが映るように撮ったのだという。

 また、妻に見せたくて選んだ映画のフィルムを点検しながら「アルフレードマンマ・ミーア!」の台詞を引用する場面がある(しかし結局この映画は上映会がポシャって妻に見せてやることはできない)。これ、『ニュー・シネマ・パラダイス』(未見)だそうだ。実際にこの作品にインスパイヤされて移動映画館を思いついたのだとか。

 

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