プッティポン・アルンペン『マンタレイ』(Manta Ray/กระเบนราหู、2018)

 フィルメックス上映時に観られず、映画.comの配信で鑑賞。

 タイの幻想的な劇映画。国境の漁村に漂着したロヒンギャの青年と彼を救った金髪の男。金髪の男は、左胸に傷を負った青年を看護し、一人暮らしの家に住まわせ、共同生活が始まる。ロヒンギャの青年は一言も発さず、潜水を習う際に呼吸法の練習でンンンと声を出すのみで、タイ語も理解しているのかどうか定かではない。傷ついた男を看病するもう一人の男とくれば、蔡明亮の『黒い眼のオペラ(黒眼圏)』を想起させずにはおかない。やがて金髪の男は失踪し、青年はそのまま小屋に暮らし、地元の漁師に交じって働くようになるが、やがて不意に男を捨てて去ったはずの妻が帰還する。夫を捨てて軍人と出奔した妻が、軍人に捨てられて帰って来るというのは、タイの政治を重ねて読み解けそうでもある。

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 タイトルの通り、作中にエイが姿を見せる。ミャンマーの地図がエイの形をしていることにちなんだのだろうか。エンドクレジットに見えるロケ地はRayongやRanonの国立公園などで、エイのしっぽのあたりからタイ側に越境した地域にあたる。

 水上家屋に暮らす男は、雇われ漁師として主な生計を立てているようだが、ひとりでマングローブ林で罠漁をしたり、自分のボートで海に出たりもしている。漁船の船主は漁師たちに汚れ仕事もさせており、金髪の男も冒頭で、後ろ手に縛られた死体を森に埋める穴を掘っている。

 そしてロヒンギャの青年はいつしか、失踪した金髪の男の不在を埋めるような役割を担わされてゆく。しかしそれは、互いに愛の残像を投影するような行為であるように見える。金髪の男が帰ってきた夜、妻と語り合う声に対し、青年の声は誰にも聞きとられぬまま、幾重もの呻きとなって海に消える。

 漁村の近くの森には、身元不明の死体が無数に埋まっているとも、夜になると地中の玉が光を放つとも語られる。青年はひとり森に赴き、土をかぶせただけの赤ん坊の遺体を見つける。色とりどりに光る玉は、土の中から身を起こす死者のように姿を現し、光芒はやがて青年の呻きとともに暁の空へと舞い上がる。

 温泉の場面で、女が去った男への思慕を託す歌がすばらしい。演じた Rasmee Wayrana はイサーンの歌手、エンドクレジットによるとこの歌も自作とのこと。彼女のチャンネルはYouTubeにもあった。

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 ロヒンギャの人々に捧げられたこのフィルムには、意味を持った言葉としては聞き取られることのない声が響き続ける。常に何かを探し続けることで欠落を浮き彫りにするまなざしを通じ、語り得ない記憶を暗示する禁欲性が注意を引く。

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