ペンエーグ・ラッタナルアーン『6IXTYNIN9 シックスティナイン ザ・シリーズ』(2023)

 タイの全6話のドラマシリーズ。小包の誤配をきっかけに次々に死者が増えてゆくブラックコメディで、Pen-Ek Ratanaruang 監督が1999年の同名映画をセルフリメイクしたもの。スマートフォンと公衆電話、Windows95あたりが搭載されていそうなレトロなデスクトップパソコンが同居する世界。

 背景は2020年の体制改革を訴える抗議運動だ。テレビから流れるニュースに加え、人間の存在ごとの抹消、そして一度沈めたら二度と浮かび上がらない黒く濁った沼など、明確な寓意が示される。その一方、ヒロインの部屋への男たちのたび重なる侵犯に、夜ごとかかってくるエロ電話と盗撮、窃視も加わり、私的空間は保障されない。劇中の激しい銃撃戦と、現実の抗議運動の末、「銃と催涙ガスだけが残った」。

第一話

 コロナ後の不況で保険会社をリストラされた若い女性トゥーム(ダビカ・ホーン)。アパートの9号室にひとり暮らししているが、ドアの番号表示がよくひっくり返り、6号室の荷物が誤って置き配される。中身は現金100万バーツだ。誤配に気付いた6号室の関係者、ムエタイジムの男二人がトゥームを始末しようと訪れたものの、もみ合いになり、逆に二人とも死んでしまうことに。

 リストラ対象者を決めかねた社長が、リモートで社員におみくじ(中国系の寺院にある、筒を振って飛び出した竹の細い棒に書かれた番号で占うあれだ)を引かせ、該当する番号の12名を即日解雇するという設定。退職金は出ないのかとか、解雇日より既定の日数分前に通知しなければならないのではとか、そういう問題は一切触れられない。しかも喉の痛みを理由にすれば、社長は直接社員と顔を合わせず、リモートで通知を済ませることができる。

第二話

 二人の男を殺してしまったトゥームは警察に届け出ようとするが、結局踏み切れず、死体を部屋に隠してヘルシンキへと高跳びする準備をする。

 殺された6号室の二人は、ムエタイジムを隠れ蓑にした犯罪組織に所属し、八百長試合に加えパスポートの偽造を請け負っている。ボスのカンチットは警察とも裏で取引があるが、その一方で反政府デモの若者を支援しているらしく……。

 さらにトゥームの保険会社の社長は、ムエタイジムの組織から金を受け取ろうとしていたことが判明。トゥームの部屋の前に置かれていたのはその金だった。

 それからソニーという麻薬王から、トゥームのアパートのラッパーにドラッグが流れているらしいことが分かるが、人間関係がごちゃごちゃして混迷してきた。

 非業の死を遂げた者は、白い服の男女に車で浜辺に連れて行かれ、記録官により本名と死因を聴取された上で「デリート/Delete」キーが押下され、この世から消える設定。このドラマでも人間が「消える」ことが喜劇の形を取って描かれている。

第三話

 トゥームがリストラされた保険会社への融資を継続するか否かで役員会議の意見が割れ、結局おみくじで神仏の意見に従って決めることに。融資継続が決定されるが、それでも解雇した社員に法律に則った額の補償金は支給できないということになり、一人5万バーツのみ、しかも一部の対象者にしか支払われないと社長は一人ずつ訪ねて説明することに。「全員には支払えない、君を含む一部の対象者に5万バーツ払うから、誰にも言わないでくれ」と言われたら、私なら「私だけ5万バーツで丸め込もうとしやがって、ほかの社員には絶対もっと払ってるだろう、このタヌキ野郎」と社長を呪殺しかねないが、トゥームはそういう方向には考えないので元来善良なのだろう。

 トゥームはネットの情報を頼りに、パスポートとフィンランドビザの偽造を依頼しに行くが、行った先はカンチットのところだった。その頃、その手下のムエタイジムの二人は、発見した仲間の死体を元通りにしてトゥームのアパートを後にする。

 入れ違いに、トゥームの部屋に潜入していた保険会社の社長の手下と、隣室のラッパーの麻薬パーティーの捜査に訪れた警官が鉢合わせし、撃ち合いの末に二人とも死亡、始末に困る死体がどんどん増えてゆく。

 しかもそこに、ナンプラーが切れたからアパートの誰かに借りよう、と呑気に訪ねて来る若い女が現れ、それが死んだ私服警官の彼女だと判明し、人物関係はますます複雑に。「ごめん、あんたの彼氏うちで死んでるわ」というわけにもゆかない。帰宅するたびに謎の死体が増えてゆくにもかかわらず、平然と死体を入れる柳行李を買い足して保管するトゥームもかなり怖い。

第四話

 自分の彼氏(私服警官)がトゥームと浮気していると誤解した階下の女。友人から「そんな最低男はアソコを切ってやればいい」と唆されその気になる。そして切断したペニスをミキサーにかけてサラダにし、ナンプラーのお返しと言ってトゥームに食べさせようという計画が進行する。

 私服警官はというと、薬物取引で有名ラッパーを検挙して一躍有名になるつもりが、直前に殺されて無念でならない。死の記録官に「あと一日だけ」と懇願するがにべもなく断られる。そこで記録官を銃で脅して縛り上げ、勝手にコンピューターで自分の寿命を操作してこの世に戻る道へ。トゥームの部屋の柳行李の中で意識を取り戻す。

 その直後に浜辺に到着した社長の手下、縛り上げられている記録官の手錠を外してやり、お礼に「サッカーのワールドカップでタイが優勝するまで」寿命の延長を許可される。

第五話

 トラックを借りる約束で友人のフォン宅を訪れたトゥームは、恋人に去られたフォンが自殺を図って大量服薬しているのを発見する。慌てて病院に送り、一命はとりとめたフォン。しかしどうしてもトゥームと一緒に行くと聞かず、「私を一人にしてもう一度自殺を図ったらどうする」と脅しにかかる。仕方なくトゥームはフォンを連れ、死体の入った柳行李をトラックに乗せて沼に捨てに行く。

 その間、二人の警官は前後して蘇り、それぞれの計画を実行しようとする。

 さて偽造パスポートを受け取りに行ったトゥームは、銃で脅されカンチットの元へ行く羽目に。その過程でフォンは巻き込まれ、結局命を落とすことに。隙をついて相手の銃を取り上げ、虎口を脱したトゥームは、フォンの拳銃自殺を偽装して警察に通報する。

第六話

 9号室で顔を合わせたカンチットと保険会社の社長。カンチットは、社長がトゥームに指示して自分の手下二人を殺害させたと疑いをかける。6号室でトゥームの帰りを待って話を聞こうということになるが、双方の部下が互いにボスを人質にとって膠着状態になる。

 ちょうどそこに乗り込んで来たのが警察部隊。7号室のラッパーを薬物取引で検挙しようと、6号室のバルコニー伝いに突入したいと言ってくる。

 7号室では、ソニーに薬物取引を依頼した有名ラッパーが、彼の機嫌を損ねてクスリに殺鼠剤を混ぜられる。悶絶する彼と、それを見守るソニーたちの前に、警察官が突入。

 さて一方で階下では、この世に戻った警察官が、結局恋人の色仕掛けに見事にはまり、両手両足を縛られてペニスを切り取られるはめになっていた。

 トゥームが帰宅すると、三部屋ですでに銃撃戦が起こった後だった。死体が転がる自宅から、現金と着替えを持って空港に向かったものの、警戒線が張られているのを見て国外逃亡は断念する。現金を沼に捨て、偽造パスポートを燃やし、証拠品を処分したトゥームは、車を残してどこへともなく去って行く。

 最終回で彼女がムスリム家庭の出身であることが判明する。難民や移民という設定ではないようで、恐らく郷里は深南部の海辺なのだろう。これは元の映画の設定を引き継いだものなのか、2023年のドラマ版で新しく加わったものなのかは未確認。タイの視聴者にとってどういう意味が読み取られるのか気になる。