アントニア・キリアン 『ユーフラテス川を越えて −クルド人女性警察官の苦悩−』(THE OTHER SIDE OF THE RIVER、2020)

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シリア北東部の事実上のクルド自治区ロジャヴァ。強いられた結婚から逃げ出して治安部隊に身を投じた二十歳の女性を一年あまりにわたって追ったドキュメンタリー。アジアンドキュメンタリーズ配信。

女性の妹はIS戦闘員との婚約から逃げ、先に部隊に入ったという。父はIS高官に娘を嫁がせれば一家は攻撃されないと語った由。満洲からの引き揚げ時、女性をソ連兵に差し出した日本の男たちの姿と重なって見える。

女性部隊に相談に来るのはDVを訴える女性や、入隊を志願する女性。兄に再婚を強要され、子を奪われて殴打されたという入隊志願の彼女は、黒衣で目以外を隠した姿で、街角でこっそり接触する。

姉妹は一緒に部屋を借りて暮らし、実家にいる下の妹たち(男二人、女十人のきょうだいとか)を迎えるのが夢だ。しかし父は強く反対し、警察に入るのは一族の名に泥を塗るものだと言って、姉を射殺するとまで語る。他の同僚も皆家族の反対を受けているという。

妹は結局結婚を決め、姉と口論の末に実家に帰る。だが娘二人が入隊したことで一家は村八分にされており、宴会も音楽もなしの結婚を目の当たりにして、姉はさすがに動揺を隠せない。

入隊前には、やはり若い女性の講師から「民族解放だけが問題ではない、世界中のすべての女性が解放されて初めて自由になれるのです」といった研修も受けている。こうした女性部隊のメンバーというのは、それこそ唾棄すべき「狂ったフェミ」と見られているのだろう。

ISの占領期、家の裏で石打ち刑が実行される(家族に石を投げつけさせる)のを目撃した姉は、父が妹たちに結婚を強いるのが許せない。結局、武装して実家に乗り込み、職を解かれる事態に至る。

市街地にはそこここに破壊の跡が見え、姉妹の生家のある地区はまだ立ち入りに軍の許可が要るという。重い映画ではあるのだが、カメラは女性たちの親密なやりとりや飾らない日常も捉えており、どこか親しみを感じる。

乱雑な部屋(ソファーに散らかった洗濯物や、ベルトをつけたまま脱いだ制服のズボン、戸棚にぐちゃぐちゃに放り込まれた衣類に親近感)もそのまま撮らせているのは、長期撮影に加え監督が女性なので気やすさもあってだろうが、公開して大丈夫かと気にもなる。

アントニア・キリアン(Antonia Kilian)はドイツ拠点のドキュメンタリー監督で、フィルモグラフィーはサイトにまとめられている。

www.antoniakilian.com