清岡智比古『エキゾチック・パリ案内』

エキゾチック・パリ案内 (平凡社新書)

エキゾチック・パリ案内 (平凡社新書)

 

 フランスに関する最近の映画では、移民社会がテーマになったものが多いように思う。チュニジア系移民の『クスクス粒の秘密(La Graine et le mulet )』、「アフリカ合衆国」にヨーロッパからの移民が押し寄せるという設定の、サルコジ批判を含んだ『アフリカ・パラダイス(Africa paradis)』、中国の盧晟による『這裡,那裡(Here, There )』もパリに出稼ぎに来た中国人青年と、外人部隊に参加して第二次大戦を戦った移民第一世代の老兵との交流を描くものだった。劇場公開された作品でもアキ・カウリスマキル・アーヴルの靴みがき』や、『最強のふたり』でも介護士をつとめることになった青年一家の郊外の公営住宅らしい暮らしが描かれていたのが思い起こされる。
 こういう映画で刷り込まれたフランスのイメージが念頭にあると、日本の書店に並ぶフランス旅行のガイドブックには何やらはぐらかされたような落胆を覚える。二年前にパリに出張するはめになった時、空港でパリ案内を買おうとして、「パリってこんな街なら別に観たいところもないな」と思った(結局行ったのは美術館と、台湾出身の老板が経営するという中文書店だけだった。中国で出た張愛玲全集の一巻をわざわざパリで買って飛行機で日本に持ち帰ったのは、後になって考えるとまったく意味不明だが)。
 後でにむらじゅんこクスクスの謎―人と人をつなげる粒パスタの魅力 (平凡社新書)』を読んで、パリに行く前にこの本が出ていたら良かったのに、と残念に思ったが、この『エキゾチック・パリ案内』はいっそうその感が強い。まさにこういうガイドブックが欲しかった!
 「歴史の痕跡に耳を澄ます―ユダヤ人街」「イスラーム文化を味わう―アラブ人街」「混沌の街を歩く―アフリカ人街」「アジアから遠く離れて―アジア人街・インド人街」の四章から成り、いずれもその地区を舞台とする映画や音楽などを切り口に、エスニック料理を味わいつつ街を歩いてゆく設定。パリを舞台にした映画のロケ地巡りの手引きとしても良さそうだ。
 そして、パリの広場や通りを拾ってゆく街歩きであると同時に、そこからフランスの外側、世界各地の風景へとつながってゆく(巻頭にパリ全図が掲げられているが、むしろ世界地図があっても良かったかも?)。

 言語学者・西江雅之は、世界のすべてのフランス語圏に降り立ったといいます。これは並大抵のことではありません。が、わたしたちにも、その疑似体験なら可能なのです。そう、パリに行けばいい。パリには、世界のフランス語圏の縮図が埋め込まれているから。そしてその縮図を駆動させているのは、そうした土地からの移民であり、さらには、それ以外の地域からの移民たちでもあります。もし今のパリに何らかの豊かさが見出せるとするなら、それは彼らの存在抜きでは考えられないことです。

「パリの城壁――あとがきにかえて」(233頁)

 本書で触れられている作品で、YouTube で見られるものをいくつか。

  • ケベックの女性歌手、リンダ・タリー(Lynda Thalie)『ガゼル・ラリー』(Rallye Aïcha des Gazelles

  • 韓国出身の女性アーティスト、キムスージャ(Kimsooja)の『風呂敷包みトラック−移住者』(Bottari Truck "Migrateurs")メイキング


 映像の最後の部分でサン=ベルナール教会の移民立てこもり事件(96年)への言及が見られる。

  • ENIGMATIK "ICI OU AILLEURS" CLIP VIDEO

 アルジェリアムスリム女性が、パリのバルベスに移住した友人に「わたしもパリに合流したい」と電話する。

  • Mokobé - Beyonce Coulibaly [CLIP EN EXCLU]


 地下鉄の自動改札を乗り越えるシーンはキセルを意味しているのかもしれないが、パリの自動改札は正規の運賃を払っているにもかかわらずやたらバタンと閉まる率が高かった気がするので(ほんの数回しか乗っていないのに二度も閉じ込められたのは偶然か)、あながちビヨンセちゃんをとがめるにはあたらないのかもしれない。地下鉄で空港まで行ったら、出口の自動改札がすべて閉まっていて駅員もどこにもいないのには往生した。