ロウ・イエ『パリ、ただよう花』

パリ、ただよう花 [DVD]

パリ、ただよう花 [DVD]

 

 早稲田松竹ロウ・イエ特集で『パリ、ただよう花』。
 最初から地下鉄駅前で女が別れを告げる男にすがりつき、「最後にもう一度だけ抱いて」と懇願するという何ともいえない出だし。主人公の花(ホワ)(コリーヌ・ヤン)は北京からフランス人の恋人を追ってパリにやって来たが、相手は北京での遊び相手としか思っていなかった。拒絶され傷心の彼女は、ふらふらと彷徨っているうちに建設作業員マチュー(タハール・ラヒム)の運ぶパイプにぶつけられて転んでしまう。それがきっかけとなって、マチューに誘われるまま食事を共にするが、その帰りに人気のない裏道に連れ込まれて犯される。そしてなんと、彼とそのままつきあい始めてしまうのである!
 彼女の「やられやすさ」、それは vulnerable であると同時にセックスによって何かを確かめようとしているということでもあるのだが、見ていてはらはらさせられる。パリでは最初男友達(妻と別居していて離婚話がこじれているらしいことが後でわかる)の部屋に身を寄せているが、まるで前から合意のあった部屋代を支払うように性行為を持つ。しかも、パリに来る前は北京で恋人の部屋に住んでおり、そこを出て飛行機に乗って来たのだということが明らかになる。部屋から部屋へ、男から男へと漂い流れてゆくような彼女は、驚くほど無防備で、それは絶対に危険だろうと予想されるところにふらふらと足を踏み入れてゆく。彼女をどこかにつなぎとめることができるとしたら、それはセックスによってしかないとすら思われる。
 北京の大学院を(専攻は明らかにされないがパリの大学で聴講している授業からすると仏文か哲学だろうか)修了しており、母校で教壇に立つことを懇望されているが*1、そんなことは彼女にとって特段の意味を持たないようだ。それら全てをかなぐり捨てるようにやって来たパリで、自分を強姦した男マチューと激しく身体を重ねる。
 マチューは北アフリカ移民の息子で、実はルワンダ人の妻がいるのだが、どうやらエスニシティーから言ってもフランスでは少数派の女に狙いを定め、獲物を抱え込むようにしてどこまでいたぶっても自分から離れないかを試しては、共依存に持ち込むというパターンを繰り返しているらしい。
 しかし、こうした男の意のままになってしまい、それどころかむしろ自ら望んで全て承知の上で性を貪っているかのようなホワは、どうやら単なる一中国人女性の姿として造形されたのではないように思われる。
 というのも、終盤で彼女は北京に一時的に帰るが、そこでは通訳として崔衛平*2ら体制の許すぎりぎりのところで声を上げている知識人のインタビューに同席するからだ。この物語と直接関係がないように見えるインタビューが、ドキュメンタリー的に挿入される意図は何なのだろうか。監督のロウ・イエ自身がかつて中国での映画製作禁止の処分を受けたことを考えあわせると、これら断片的なインタビューは自作への注釈であるようにも考えられる。
 大学で助教授を務めている恋人の元に戻れば、大学での職も用意され、帰宅すれば毎日食卓には自分の好きな料理が並ぶ生活が待っている。しかしこうした安定した暮らしを半ば手に入れながら、ホワは再びパリに戻りマチューに会ってセックスする。彼の住む村からパリへ戻るバスを待つ列に並びながら、彼女は来たバスには乗り込もうとしない。最後に彼女がどういう選択をするのかは示されないまま映画は終わる。
 その巣の中にいる限り安定した生活を保証する中国の恋人の元を去るが、追いかけていったフランス白人には逆に捨てられる。そして「自由の国」で誰にも干渉されず好きなように暮せる筈なのに、出会った北アフリカ出身の男には束縛され囲い込まれる一方、その状態に自分をこの世界につなぎとめるある種の誘惑を感じずにおれない。国を出たら自由になれるのか、一人の女に一人の男という制約を超えて自分で選んだ相手とセックスを重ねれば自由になれるのか。二十代も終わりにさしかかってなお先行きの定まらないまま、漂い続けるホワの姿を通じて描かれるのは、中国の内と外を(地理的に、あるいは比喩的に)行き来しつつ暮らす人々の寄る辺なさなのかもしれない。

原題:Love and Bruises
中国語題:花
制作年:2011年
制作国:中国、フランス
時間:105分
言語:フランス語、中国語(普通話
監督:ロウ・イエ(婁燁/Ye Lou)
原作:リウ・ジエ(劉捷/Jie LIU-FALIN)『花』(鳳凰出版社、2011)
脚本:劉捷、婁燁
製作:Pascal Caucheteux、Isabelle Glachant、Kristina Larsen、An Nai(耐安)
出演: コリーヌ・ヤン(Corinne Yam/任潔)、タハール・ラヒム(Tahar Rahim)、ジャリル・レスペール(Jalil Lespert)、バンサン・ロティエ(Vincent Rottiers)、シファン・シャオ(Sifan Shao)
撮影:ユー・リクウァイ(余力為/Nelson Yu Lik-wai)
編集:ジュリエット・ウェルフラン(Juliette Welfling)
音楽:ペイマン・ヤザニアン
美術:ギョーム・ドゥベエルシー(Guillaume Deviercy)
衣装:ビルジニー・モンテル(Virginie Montel)

More about 花

*1:今どき競争の熾烈な中国の大学でそんなうまい話はないだろうし、交際相手の助教授もそれほど人事に決定権はなさそうだから、何かコネか裏があるのではと勘ぐりたくなる。

*2:彼女は5月3日に個人宅でクローズドの催しとして開かれた「六四紀念研討會」に出席、その後に事情聴取を受けている。