ジェームス・リー『私たちがまた恋に落ちる前に』(念你如昔/Before We Fall in Love Again、2006)

 『グッバイ・ボーイズ』の直後はジェームス・リー(李添興)の『私たちがまた恋に落ちる前に(念你如昔/Before We Fall in Love Again)』(2006)。「念你如昔」という中文タイトルは、關錦鵬(スタンリー・クワン)の97年のドキュメンタリー作品と同名だが(こちらの英題は"Still Love You After All These”。山形国際ドキュメンタリー映画祭で公開されたそうだ)、無関係。

 突然の妻(エイミー・レン/凌秀眉)の失踪にとまどいを隠せぬ夫(蔡志強)の前に、妻の元上司かつ愛人という男(ピート・テオ/張子夫)が現れる。初めて妻の浮気を知らされる夫。しかもそれは、実は結婚前どころか二人が出会う前から続いていた関係だというのだ。二人の男は、どちらもなぜ彼女が蒸発したのかさっぱりわからない。二人で彼女の過去をたどり手がかりを探ろうとする。

 ラストでカラーになるが、それまでずっと白黒の映像。男二人は同じ髪型に縁無し眼鏡、Yシャツにスラックスと双子のような造形だ。暗い画面の中では見分けがつかず、最初一人二役かと思ったくらい。この二人がじっと立っていたり座っていたりする場面が多い。この二人はもちろん、最初の旅行会社の男女の職員(男女の客室乗務員がニッコリしている等身大のあれと同じポーズで立っている)をはじめ、対の要素が反復される。これはほとんどカフカの世界。ピート・テオ自身がインタビューに答えて「彼(引用者注:ジェームス・リー)は普通のキャラクターは好きじゃなくて、ちょっと奇妙なキャラクターを描く。どのキャラもなんか変でしょ。自然じゃない。自分の演技を観て一番観られないのがジェームスのだ」と説明している(ピート・テオ大特集 第五回 俳優活動と監督たちについて)ように、立っているだけでどことなくぎこちない雰囲気を漂わせている。

 終盤、ヤクザの手下になぜかえらく礼儀正しい日本人が現れ、今見たことはご他言無きよう、と二人に日本語で話しかける。二人は「なんかよくわかんないけどとりあえず頷いとけ」という感じなのがおかしい。ここは映画全体でいちばんシュールなおかしみのある場面だが、この島田靖也という方は俳優ではなくて、国際交流基金クアラルンプール日本文化センターの職員さんだそうだ。

 室内の場面が多く、舞台はクアラルンプールだと説明されるが、マレーシアの街らしい映像は殆ど無い。台詞もほとんど華語で(しかも異様に聞き取りやすい)、台湾映画だと言われても信じてしまったかもしれない。マレーシアらしいやりとりは、写真館での場面でカメラマンは広東語、撮ってもらう夫婦は華語での会話くらいだった。