Sun Koh 他『Lucky 7』

 シネ・マレーシア(於オーディトリウム渋谷)でジェームス・リー(李添興/James Lee)監督作品『The Collector(收爛數/收爛帳)』『黒夜行路(Call If You Need Me)』の二本が上映されている。彼は劉城達(Liew Seng Tat)監督の『ポケットの花』(口袋裡的花/Flower In The Pocket)ではシングルファーザー役で出演しているが、今回は監督作品のみの紹介になるようだ。ラインナップの二本は、いずれもクアラルンプールのヤクザを描いた二卵性双生児のような作品。完全に商業映画として制作されたアクション・コメディー『The Collector』と、大荒電影(Da Huang Pictures)制作の全く暴力シーンのない静かな作品『黒夜行路』で、出演者もかなり重なっている。
 両方で主演を務めたシンガポールの俳優・サニー・パン(馮推守/Sunny Pang)の魅力が存分に発揮された二本で、彼の姿を東京のスクリーンで観ることができるのは本当に嬉しい。日本で紹介された彼の出演作は、2011年のアジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映された同じくジェームス・リー『趙夫人の地獄鍋』(Claypot Curry Killers/瓦煲咖哩)(感想)だけではなかったろうか。
 サニー・パンを初めて知ったのはシンガポールの『Lucky 7』で、2009年8月19日に新戯院・Sinema old school(ソファーシートの居心地のよいシアターだったが、残念ながら昨年閉館してしまった)*1で見た時の記録があったので、こちらに貼り付けておく。

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 下の写真の階段を上って新戯院・Sinema old school詣で。今日観たのは08年の旧作『Lucky 7』。ナショナルデーのキャンペーンで、今月いっぱいは通常8ドルのところが6ドルなのだけど、なんと今回は完全に貸し切り状態だった。400円ほどで130席くらいあるシアターを独り占めできたことになる。

 全部で7つの物語をSun Koh、K. Rajagopal、 Boo Junfeng、 Brian Gothong Tan、 Chew Tze Chuan、 Ho Tzu Nyen、 Tania Sngの7人の監督がそれぞれ担当したもの。 監督は皆シンガポール人ということで、マレーシアのインディーズ監督たちの協力体制にならって企画されたものらしい。公式サイトがすでに消えてしまっているので、Sinema のサイトから紹介を引用しよう。

The intention was to make a whole greater than the sum of its parts.Each filmmaker attempts a 10 - 12 minute segment of a feature film continued by the next filmmaker who knows only what took place in the last minute of the previous segment. The only condition is to use the same main actor. Along with other helpers, they assisted each other to realize the film.Lucky7, the multi-genre rollercoaster ride of a feature, is the result of this experiment.

 主人公を演じるのは Sunny Pang、元々はスタントマンとして活躍した役者である由。最初のパートは、生き別れとなっていた(どうやら息子を置いて勝手に出て行ったらしい)父が寝たきりになって現れ、介護をするはめになる息子の役。これは父子の再会と別離を描いた人情ドラマの趣き。父の遺したベルトと金のネックレスから次の物語へと発展する。
 第二話は、砂漠をさまよう男が、インド系の建設作業員たちが水浴びするところに行きあうセクシャルなもの。欲望の揺らぎのようなイメージをつないでゆくシュールレアリズムの手法は韓国の김경묵(KIM Kyung-Mook)2008年の作品『清渓川(ちょんげちょん)の犬』(청계천의 개 /Dog in Cheonggyecheon)を思い起こさせた。
 第三話は、うってかわってホームドラマの雰囲気。Sunny Pang は今度は老母と暮らしているが、アパートを数日後に立ち退かなければならない。そこにアメリカ留学中の「彼女」が訪ねて来る。彼の誕生日を祝い、二人はベランダからヘリウム風船を飛ばすが、翌日それは路上に転がっている。このパートは母子の会話が福建語だが、その部分は英語字幕を見逃してしまい、主人公の妹(やはりアメリカにいるらしい)の存在が結局何だったのかよく分からぬままに終わってしまった。
 第四話は、幼児性愛者が少女と出会う話。幼児を狙った性犯罪や殺人事件の記事を熱心にスクラップしている男が、アパートの階下でネグリジェ姿の少女に遭遇する。この少女もどことなく常軌を逸した雰囲気だ。主人公は彼女の後をつけ始める。気付いた彼女は逃げようとするが、エレベーターで追いつかれてしまう。このままホラーになるのかと思いきや、少女はいきなり男の顔を見ながらパンツを脱ぎ始める。結局二人は男の部屋で一緒にスクラップブックを眺めることになる。これ、幼児の無残な遺体写真が花の写真と並べて貼ってあるという悪趣味なもの。男はわざと何気ない風を装って、目をそらしたまま“很漂亮”と言い、少女も“很漂亮”と答える。そこから始まる激しい性愛の場面。
 その次は(わざとチープにした)アニメーションが侵入し、第5話とのつなぎ目が分からぬまま話は進んでゆく。これは映画の検閲を去勢にたとえたもので、ソーセージやキューカンバー*2といったモチーフが多用される。精液と血痕など、ちょっと観ているのが辛くなるような描写。
 そこでSunny Pangにこれまで演じた役を復習させる一人芝居のパートが入り、最後の話になる。
 最後は浜辺のベンチで夜を明かす男の話。警備員がやってきて宿泊許可を確認しようとし、男は逃げ出す。シンガポールでは路上生活も許されないらしい。隣のベンチにはインド系のカップルがやって来て、ダンスミュージックをかけながらいちゃつき始める。その後に現れたのはマレー人女性。着衣のまま海にざぶざぶと入っていくのを見て、男は慌てて彼女を担ぎ上げて岸に戻る。「何するのよ!早く下ろして!」と英語で叫ぶ彼女に、男は華語で「下ろしたら入水する気だろう!」と叫び返す。「違うわよ、泳ごうとしてたのよ」と華語で答える彼女。男はあっけに取られる。二人は並んでベンチに腰掛け、アイスキャンデーをなめ始める。“你是馬來人,怎么會講華語?(マレー人なのにどうして中国語ができるんだ?)”と尋ねる彼に、彼女はすまして“學啦。”と答える。さらに、頭に被ったスカーフを指して「どうしてそういう格好を?」という問いには、少し考えて“因為……我要。(だって…そうしたいから)”と答える。最後にアイスを舐め終わった彼女は、男をじっと見て“其實,你很可愛”と言って去って行く。この二人の対話はすごく好きだ。
 全体を通して共通のテーマがあるわけではなく、ゆるやかにつながってはいるものの、1つの長編作品というよりはそれぞれに独立した短編という感じ。ちなみに、エンドクレジットのあとにちょっとしたサプライズが用意されている。
 台詞は華語と福建語が大半だが、字幕は英語のみ。

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*1:Missing Sinema Old School: http://www.sindie.sg/2012/10/never-to-late-for-ode-to-sinema-old.html

*2:これまでずっとcucumberというのはキュウリのことだと思っていたのだが、こちらのスーパーではキュウリはJapanese Kyuri と表示されていて、cucumberというのはその三倍くらいありそうな化け物並みのやつである。