テリー・サムンドラ『漆黒の井戸の底から』(Kaali Khuhi、2020)

 ヒンディー語ホラー映画。90分と尺は短いが、インドの農村(どの地域かは分からなかった)を舞台にしたフェミニストホラー、というより家父長制ホラーという趣のフィルム。インド製作のホラーは初めて観た。

 町で暮らしている夫婦と、娘シヴァンギ。父の母が病気で村に帰ることになるのだが、最初は父だけが帰るということになっていたはずが、妻と娘も無理やり連れて行かれることに。まったく事情を説明しようとしない父が不気味で、ただの病気ではない背景があることが予感される。

 雨の夜、壊れた古井戸から這い出してきた赤い服の少女が、家を訪ねてきて「私の鈴飾り」と要求したのを見て、祖母は昏倒したらしい。この少女と祖母の因縁が何なのか、どうやら父は知っているようなのだが……。

 インドネシア映画の幽霊は必ず雷雨の夜に登場するものだが、インドの幽霊も元々そうイメージされているのか、それとも各地の映画の表象からの着想か。赤い服というのも、中国では恨みを飲んで死んだ怨霊は赤い着物で出て来ることになっているが、インドにも共通するイメージなのだろうか。

 結局、祖母は少女の霊を追って二階の部屋に上がり、黒い液体を吐いて死ぬ。おまけに葬列の途中で遺体が発火するという異常事態に、村人たちは「また呪いがやってきた」と恐れる。この二階の作り、室内ではなく、中庭から外の階段を上がって屋上に出ると、そこに物置小屋のように部屋が建てられているという設計なのだが、手すりのない石段がかなり怖い(安全面で)。中庭に黒い牛を飼っていて、血のまじったミルクを出すといった定番のホラー表現もあるのだが、最後に少女シヴァンギが牛を引いて霧の中を黒い井戸へと歩いてゆくシーンが美しい。何匹も蠅が飛んでいるのが映り込むシーンがあり、大部分は実際に農村で撮影しているようだ。

 答えを明かしてしまうと、赤い服の少女はサクシという名で、シヴァンギの父の妹。彼女が生まれる前、5歳だった父は弟の誕生を期待して鈴飾りを編むが、期待に反して生まれたのは妹だった。村の掟では、女児は村はずれの黑い枯れ井戸に捨てられることになっている。サクシも例外ではなく、黒い薬を飲まされ、布でくるまれて放り込まれてしまう。それはすべて村の老女たちの手によって行われるのが、アトウッド『侍女の物語』『誓願』の小母たちと同様の構図。老女たちの死後、父の伯母は、残酷な風習を終わらせることを誓い、井戸を封じるが、そこに投げ込まれて殺された女児たちの名前はすべて秘密のノートに記録している。

 伯母と一緒に井戸を封じた男が、なぜか冒頭で打ち付けた木の板を打ち壊してしまうのだが(幽霊の呼び声に操られたという設定らしい)、ターバンをつけたシーク教徒らしい姿。寺院に集まって祈りを捧げるシーンもあるが、どうもヒンドゥー教徒シーク教徒が入り混じって暮らしている村のようだ。葬列はみな白一色の喪服に身を包み、白い布で包んだ遺体を台に乗せて担ぐ、棺を用いない形だった。

 男児を強く望む祖母は、嫁にも男児の産める薬を飲ませようとするが、嫁は聞き入れず、どうやら夫婦が町に出たのもそうした経緯があってのことのようだ。間引かれた女児の犠牲の上に男たちは成人し、妻や娘を支配する。しかも、父はそれを薄々知っているという程度で、実際に自分で手を汚したわけでもなく、妹の存在を記憶から消そうと努めてきた。

 亡くなった少女たちが井戸の周囲で朗らかに遊ぶラストで、何世代にもわたった呪いがめでたく解かれたことが示される。

 

www.netflix.com