マラティ・ラオ『ゲシェマの誕生 ー尼僧院の希望ー』(The Geshema Is Born、2019)

 チベット仏教の尼僧たちの姿をインドで取材したドキュメンタリー(クレジットを見るとネパールの尼僧院も撮影に協力しているようだ)。アジアンドキュメンタリーズ配信。

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 「ゲシェ」というのはチベット仏教の学位取得者の称号で、尼僧の場合は「ゲシェマ」となる。2012年まで女性に門戸は開かれていなかったが、ダライ・ラマ14世による決定で尼僧院でも同様に学問を修めることができるようになる。2016年に学位を授与された最初の20人のゲシェマのうち、首席合格のナムドル・プンツォクを中心に、尼僧たちに取材したフィルムだ。

 彼女は幼い頃から出家したいとの志を持っていたが、両親に反対されていた。チベットの女性は長く伸ばした髪をお下げにして垂らすのが普通だが、出家が天命であると示すために髪を短く切り、僧衣と同じ赤や黄色のものばかり身につけていた。結局両親は僧侶に相談し、出家を許したそうだ。

 中国領から亡命してきたのは彼女だけではなく、多くの尼僧が闇に紛れて山を越え、ネパール経由でインド領に着いたが、旅の途中に命を落とした者も多かったという。
現在は尼僧たちの手により立派な僧院が建てられているが、当初はごく簡陋な小屋に寝起きし、夏は暑気に堪えかねて窓を開け放っていた。しかし尼僧の一人が夜中に襲われ、戒律を犯したとして僧院を離れざるを得なくなった。彼女は付近に暮らしていたが、病死したと語られる。

 修行の中で重要な部分を占めているのは問答で、問いかける側は立って一句ごとに手を叩きながらリズム良く質問し、それに対して座した相手が答える形式。その際にいちいち経典を参照したりはせず、そらで即興の問答を通じて論理的に真理を究めるというものらしい。

 また、ゲシェの称号を持つ僧侶から講義を受けるシーンも収められている。様々な質問が飛び交うが、「ヒンドゥー教徒にはどう答えるか」など、外に開かれた議論がなされている。

 ただし、法の枠内ではなく「男の方が記憶力がよい」「尼僧はそれを学ぶ門までたどり着けない」といった言葉で語る男性僧侶がカメラの前に登場するように、女性に対する男性の優越に関してはまだ自明視されている。龍樹の書に見える女性の肉体を不浄とする文言についてダライ・ラマは、聴衆が男たちであったから禁欲を説くためにそう言ったまでだとの見解を示しているものの、学問体系における男性の優位性についてフィルムでは反論は示されない。比丘尼の認定について会議で尼僧の代表が要求する際も、男女平等の観点から言っているのではなくどの法によって禁じられているのか説明してほしい、という問い方をしている。

 監督 Malati Rao はインドの伝統手工芸や、獄中で生育する子供たちについてのドキュメンタリーを制作している由。

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