ダンテ・ラム『ビースト・ストーカー/証人』

 新宿・シネマスクエアとうきゅうにて。
 ストーリーより何より、張家輝(ニック・チョン)が恐ろしく凄味のある悪役で驚いた。事故で眼にガラスが入り色が失われ、さらには失明の怖れにさらされている殺し屋だが、これまで何となく抱いていた末っ子的かわいさの俳優というイメージを完全に裏切ってくれた。
 作品自体は、先に観た『密告・者』(綫人)(日本公開は2010年作のこちらが先だったが製作年度は『證人』が早い)と同じく、犯罪者の悲しみを背景に息もつかせぬペースでラストになだれこむ、これぞ香港映画、というもの。大陸から参加の張靜初(チャン・ジンチュー)も広東語を話しているのがいっそう香港映画らしさを濃くしているように思われる。彼女は香港の検事という役だったので香港生まれという設定なのだろうが、離婚した夫が大陸出身で、彼と話すときの普通話はあまり香港人らしくなかったのはご愛嬌か。もうひとり大陸の女優で苗圃が出ていたが、彼女も香港人の役で広東語は吹き替え。苗圃もこれまで観たのは現代劇では上品な奥さん役や田舎の女性役ばかりで、こういう姐さん役は初めてだ。
 それにしても、最近この手のクライム・サスペンスでは根っからの悪役というのにあまりお目にかかれない気がする。『野獣たちの掟』(人民英雄)で人質に「ホーマ!」とかやらせていた銀行強盗のような、顔色ひとつ変えない悪の首領というのはなかなか前面に出てこなくて、実行犯は何か事情を抱えてやむを得ずその手足となっているというケースが多いような。『ドリーム・ホーム』(維多利亞壹號)のようなスプラッターはまた違うが(とはいえあれはあれで個人の事情と社会背景はきっちり描きこまれていたけれど)。
 それから、この『証人』では主な登場人物の身体機能が次々に奪われてゆくのが目を引く。犯人追跡中の事故で謝霆鋒ニコラス・ツェー)の同僚(廖啟智)は片脚が不自由になり、捜査の一線を退くことになるし、張家輝は片目の光を失い、もう一方の眼も色は識別できないし視力低下に悩まされる。そもそも彼の妻(苗圃)は同じ事故で寝たきりとなっており、指先がわずかに動かせるばかりで、意思伝達はリハビリを兼ねて携帯メールに頼っている。さらに張靜初の幼い娘も誘拐され、縛られて体の自由を失った上、片手切断の指令が下される。登場人物の誰もが職業や家庭生活という制約から自由ではないわけで、元あった身体機能が制限されることがそれを視覚的に表しているともいえるだろう。それでも、娘を誘拐された検事と誘拐犯の妻という二人の女は、その不自由な位置に留まり続けながら、制約にもかかわらずあくまで自分の意志で最後の決断をする。同じく子供が誘拐された母親という題材のオキサイド・パン(彭順)『夢遊 スリープウォーカー』(2011)とは異なり、刑事の謝霆鋒と誘拐犯の張家輝という男同士の対決が前面に出ているが、検事の張靜初と誘拐犯の妻の苗圃という女の物語も、ラストのカタルシスをもたらす上でさりげなく重要な契機となっている。

原題:證人
英題:The Beast Stalker
製作年:2008
制作国:香港
プロデューサー:林超賢(ダンテ・ラム/Dante Lam)、梁鳳英(Candy Leung)
監督:林超賢
脚本:林超賢、吳煒倫(Wai Lun Ng)
アクション監督:董瑋(スティーブン・トン・ワイ/Stephen Wai TUNG)
出演:謝霆鋒ニコラス・ツェー/Nicholas Tse)、張家輝(ニック・チョン/Nick Cheung)、廖啟智(リウ・カイチー/Kai Chi Liu)、張靜初(チャン・ジンチュー/Jingchu Zhang)、苗圃(ミャオ・プウ/Pu Miao)
音楽:黎允文(ヘンリー・ライ/Henry Lai Wan-man)
編集:陳祺合(Ki-hop Chan)
撮影:張文寶(チェン・マンポー/Man Po Cheung)、謝忠道(ケニー・ツェー/Kenny Tse)

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