山尾悠子『ラピスラズリ』

ラピスラズリ (ちくま文庫)

ラピスラズリ (ちくま文庫)

 

 「銅版」「閑日」「竃の秋」「トビアス」「青金石」の五篇から成る連作長編。深夜営業の画廊で「わたし」が三葉の銅版画を見る「銅版」にはじまり、そこに描かれた冬眠者、人形、冬寝室、枯葉、目覚めといったモチーフが後の作品で繰り返し変奏される。
 冬眠者たちは冬の間は年をとることもなく、啓蟄の目覚めを迎えるまで仮の死を過ごす。それは常緑の幾何学庭園に囲まれた屋敷の冬寝室であったり、大勢の死者が出て都市機能が麻痺しつつある「廃市」の旧家やそこからほど近い山荘であったりするのだが、何かのはずみで春を迎える前に冬眠から覚めてしまうことがある。そこで味わうのは死の淵に半分沈み込んだような身体の底に残る強烈な生への希求だ。かれらの傍らには、仮死と目覚めによる再生の輪を黙ったまま見守る無数の人形たちが置かれている。
 作品の舞台はそれぞれに異なるが、人形やメダイといった物によってゆるくつながり合っている。複雑に線の絡みあった迷路の只中をさまようようにして読んでゆくと、次第に描かれたものの輪郭が浮かび上がって来るが、一つ一つの情景は緻密にくっきりと立ち上がって見えるものの、顔立ちが曖昧なゴーストさながらに物語世界の全体像には曖昧な部分が残る。読み終えてからも心のどこかが冬眠者の夢のなかに取り残されてきたようで、落葉の積もった森の梢のあたりをたゆたい続けているような不思議な感覚がなかなか去らない物語たちだった。