オリヴァー・ヒルシュビーゲル『インベージョン』(The Invasion、2007)

 『es[エス]』の監督による地球外生命体侵略もの。原作はジャック・フィニー『盗まれた街』(1955)である由。ニコール・キッドマンダニエル・クレイグら青い目の俳優を集め、色の失われた街で瞳の青が印象的に映る。
 米国内でのスペースシャトル墜落事故の後、精神科医のキャロル(ニコール・キッドマン)に前夫から連絡が来る。息子のオリバーに会いたいというのだが、離婚してから四年間というもの、息子の誕生日にもクリスマスにも面会を求めなかったのに、なぜ今になって? とキャロルは不安を感じる。

 

インベージョン(字幕版)

インベージョン(字幕版)

  • 二コール・キッドマン
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 それと時を同じくして、キャロルの患者が「夫が別人になった」と訴え始める。帰宅した夫になぜかその日に限って飼い犬が猛然と吠えかかったところ、夫は表情一つ変えずに犬の首をつかんで絞め殺し、死骸をゴミ箱に放り込んだと。キャロルは統合失調症の薬を処方して帰す。
 だが、様子がおかしくなったのは彼だけではないことにやがて気づかされる。街をゆく人々の大半が妙に無表情になり、事件や事故を目撃しても無感動にただ見つめるばかりなのだ。それでも流行しているのは「インフルエンザ」だと報じられ、大至急開発されたワクチン接種が開始される。街のあちこちに無表情に同じ方向を向いて接種を待つ人々の列ができる。
 ところが、すべてはウイルスの形で地球に侵入した地球外生命体の謀略であった。もちろんワクチンというのも実際にはウイルスの注入である。人体に入ると睡眠中に発生する伝達物質によって作用し、当人の記憶を保持したまま、DNAが上書きされて高次の生命体に生まれ変わるらしい。さっぱり機序が理解できなかったが、とにかく感染者は眠っている間に粘膜に包まれ、変態するようにして、目覚めた時には地球外生命体に体を乗っ取られているということなのだそうだ。そして体の持ち主の記憶と人間関係を利用し、次々に仲間を増やしてゆく。そのほか、飲み物に混入したり、粘液を吐きかけたりすることで広がる接触感染型のウイルスなので、インフルエンザより感染抑止は容易に思われるが、たちまち街中に広がってしまう。警察組織も感染者ばかりなので、未感染者を捕まえて感染させることに腐心する始末。未感染者は感情を押し隠し、一様な表情を顔に貼り付けて気取られないように暮らすことになる。
 儀礼的無関心がさらに度を超して他人に一切関心を持たなくなった都会人の諷刺かと思ったが、「皆が一つの家族になるのだ」という台詞から、共産主義の脅威をウイルスになぞらえた映画だと理解した。冷戦後の2007年にまだ製作されていたのかと驚きを感じる。
 人間的感情を失い等質化された人々が、無表情に同じ方向を見ることで築かれる「平和」という砂上の楼閣を崩すため、後半はニコール・キッドマンが息子を取り戻しに奔走するアクションになる。「自分たち」の中に入り込む異質な存在は、人間性をあらかじめ喪失しているというプロパガンダだが、ロシアの外交官が人間的感情と闘争性の結びつきを語るのに対し、それでも人間は数千年前の動物とは異なるとアメリカの精神科医が反駁する会話が鍵になっている。結局、誰であれどんな悪への可能性も開かれているというロシアの外交官の正しさが証明され、映画は終わる。血縁に拠らない新しい家族の誕生を示唆するエンディングと、そこにアジア系の少年が加わることはメモしておきたい。
 ポストSARSの映画ではあるが、全市民を対象とした複数回のワクチン接種の困難を経験した2023年になってみると、虫下しでもあるまいし、そんなに簡単に寄生した生命体を除去できるのかという疑問が渦巻く。さらに、寄生されていた間の記憶はすべて失われるそうで、そんなに都合のよい話があるなら、私も地球外生命体に残りの人生を代行してほしいと思うが、そんな夢想が頭に浮かぶ時点で、すでに地球外生命体に操られているのかもしれない。