平野勝之『監督失格』

監督失格 Blu-ray(特典DVD付2枚組)

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 前半はほとんど『由美香』のダイジェストで、このまま延々と監督の林由美香に対する思い入れが語られて終わるんだろうか…と危惧したが、ちょうど折り返しのところで彼女の遺体発見時の映像が入り、一転する。合鍵で部屋に入ったお母さんの取り乱す姿が克明に記録されており、よくこの映像の公開を許可したものだと驚くが、そこはやはり、喧嘩の際にカメラを回すのをやめるなんて「監督失格ね」と言った林由美香の母親だけある。しかしあの映像を見てしまうと、自分で死に方を選べるとしたら、アパートで独りで死んでいるのを発見されるというのだけは避けなければと思う。どんな最期でも遺された者の心痛は同じだとはいえ、近親者を第一発見者にしてしまうというのは残酷だ。
 平野啓一郎の『私とは何か――「個人」から「分人」へ』の一節を思い出した。

分人に着目するなら、一人の人間が死んでも、その周りの人間の中に生じた、その人向けの分人は当面、残る。そして、あなたの死後も、あなたに向けた分人は、あなたの知人の中の分人のリンクから外されることなく存在し続けるかもしれない。あなたが生きてたら、こんな時、どう言っただろうと。そして、その知人が、今度誰かと出会って、親しくなる時には、そのあなたとの分人が、新しい分人の生じ方に影響を及ぼすだろう。(153頁)

 この作品は、監督の中に生きる林由美香との間に作られた分人を描いたものといえるかもしれない。だから由美香自身の姿をそこに見ようとする期待は肩すかしを食うことになるが、彼女と過ごした時間によって作られた分人を生きることができなくなった時、その分人をどう眠らせるかということが語られているように思われる。

 

由美香 [DVD]

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私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

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製作年:2011年
制作国:日本
上映時間:111分
プロデューサー:庵野秀明
監督:平野勝之
出演:林由美香
音楽:矢野顕子
編集:李英美