楊逸『流転の魔女』

流転の魔女 (文春文庫)

流転の魔女 (文春文庫)

 百円のワンコインでお腹を満たし、お湯の哲学を学んだ私は、この時、きっと、いつかきっと、ワンコイン・五百円で騒ぎ立てまくるあの女の子を越えてやろうと腹に決めた。そしてお腹は、主人である私のこの考えに賛同でもするかのように、盛んに鳴りだし、百円パワーを全開にさせた。(172-173頁)

 楊逸『流転の魔女』(2013)。Qで始まる章とOで始まる章が交互に展開する。Qの主人公は五千円札の我らが樋口一葉、Oの主人公は中国人留学生の林杏。
 ゼニカネをめぐる話が延々と続くし、再生医療のエピソードなどよく考えてみればいかにも中国らしい出来事も起こるのだが、それが日本語で語られたからといってちっとも奇抜な感じはなく、「うんうん、こういうこと、あるよね」と頷いてしまう。
 林杏が弁護士に依頼されて容疑者の接見に通訳として同席するくだりは、著者の実体験でもあるのか、通訳を利用しようとする被疑者と共犯者の行動が妙になまなましい。「信頼できない通訳小説」(と私が勝手に名づけたジャンルがある)に入れても良さそうだ。
 『すき・やき』もそうだったが、おっとりと回りに流されているようで意外と芯の通ったところのある若い女の子の姿、なんて聞いたらものすごくいやみな人物が、ちっともいやみなく描き出されている。書かれている状況はかなり悲惨な部分もあるが、肩の力の抜けた文体でくすぐりを忘れない。もうちょっと行ったらやり過ぎであざとくなる、という手前で踏みとどまる手腕は見事。