ドン・デリーロ『コズモポリス』

コズモポリス (新潮文庫)

コズモポリス (新潮文庫)

 眠りはより頻繁に彼を見捨てるようになった。週に一晩や二晩ではない。四晩も五晩もだ。。眠れなくなったら、彼はどうしたか? スクロールするように明けていく夜明けに向かって長い散歩に出たりはしなかった。電話をする友人もいなかった。深夜の電話で煩わせてやろうと思うほど愛している友人は。喋ることなどあるだろうか? それは沈黙の問題だ、言葉ではない。(8頁)

 ドン・デリーロの2003年の作品、『コズモポリス』(上岡伸雄訳、新潮社、2004年)。クローネンバーグによって映画化されているが、そちらは未見。
 昨日の楊逸『流転の魔女』に続き、期せずしてゼニカネの小説を読んでしまった。主人公のエリックは28歳、莫大な利益を得ている投資家で、オフィスはリムジンにしつらえてあり、SFチックなハイテク機器に囲まれて、911前のニューヨークの街を彷徨しつつ仕事をしている。これは彼が散髪に行く一日の話。
 この日、エリックは二重の危機に瀕している。日本円を超低利で借り、潜在的に高報酬をもたらす見込みのある株に投資しているが、相場の変動で全てを失う寸前だ。おまけに彼のもとには脅迫状まで届いており、テレビには国際通貨基金の専務理事やロシアのコングロマリットのオーナーが殺害されたというニュースが流れる。リムジンの窓の外では路上で男が焼身自殺を遂げ、お気に入りのスーフィー教徒のラップミュージシャンは心臓発作で死ぬ。
 刻々と死の雰囲気が濃くなる中、リムジンでニューヨークを漫遊し、女たちとセックスを重ねるが、むしろ彼は生から隔絶されており、その手触りを求めるようにうろつきまわる。
 脅迫者が誰であり、最後に何をするのかはかなり早い段階で明かされる。エリックについて車窓の光景を眺めながら、次々に姿を現す人々と彼が重ねる詩的な対話を盗み聞きするような作品。
 エリックは脅迫者との対話を通じ、生と死の手触りをつかみかけるが、腕時計のディスプレイが起動し自らの死が宣告されたことを知る。最後には、読んでいるこちらまでが彼を取り巻く機器の一部として観察しているような気分になる。