Nizam Abd Razak『メカアマト MOVIE』(Mechamato Movie、2022)

 劇場版メカアマト、日本では吹き替え版のみの上映。公開最終日に劇場で鑑賞。(グッズはメカボット*1のマグネットを買って大変満足した)

 アニメシリーズの前日譚としてアマトとメカボットの出会い、そして街のヒーロー「メカアマト」の誕生までが描かれる。アマトがメカボットの「トゥアン」(主人)になる経緯では、メカボットと以前のトゥアンとの強固な結びつきと強烈な喪失感が示される。ぐうたらでお調子者のメカボットの抱えるトラウマに、これは確かにアニメのオープニングには重すぎるかと納得。

「マスクマナ」から「メカアマト」への世代交代

 コタ・ヒリールの街のスーパーヒーロー「マスクマナ」から「メカアマト」への継承が描かれる。ただし、父子の世代間の継承の話と見せて、父の世代が築いたシステムに乗らずに自分で仲間と新しいシステムを見つけるのだから、実は継承なき世代交代といえるかもしれない。パワードスーツの中身が特定の個人である必然性はない。複数の人間がスーツの制作過程で自分の能力を付与している。1MDB汚職のような国際金融犯罪も同じで、金を流す仕組みを作るのに寄与した複数の組織や個人の力で成立する。正義のために作られたシステムであってもそのまま継承するのではなく、新しい若者のチームを信じて任せるという、ポスト・マハティール時代のマレーシア映画としても読み解けそうな気がする。

 さらに、血縁による継承ではなく、まったく関係ない子供がたまたま出会ったロボットと結び付いてしまったことがきっかけで、タッグを組んでヒーローになるという設定も注目すべきだろう。父の築いたヒーロー像が息子に継承されることはなく、息子は友人のサポート役としてその力を発揮する。

 ただ、こうしたチームは男たちによって結成され、その存在は家族の間でも秘されており、ホモソーシャルな要素が強いことには注意を要する。特にピアンの父の病室に、ピアンの母の姿すら現れないことは気になる。もっともアニメ版のシーズン2の最終話まで見た範囲では、これからマーラが加わってゆくのかもしれない。

 同じ監督のシリーズ〈ボボイボーイ〉では主人公の両親が不在だ。パパ・ゾラという正義のヒーローは名前こそ「パパ」だが、実際には危機に際して子供たちを前面に出して自分は後ろに隠れるような情けないところがある。主人公はおじいちゃんの家から学校に通い、〈ギャラクシー〉シリーズでは宇宙船のキャプテンやスーパーヒーロー・ラクサマナを代父のようにして成長してゆく。(軍隊的な規律の中に取り込まれてゆく〈ギャラクシー〉より、ダメなところも色々ある悪役のアドゥドゥが友情を通じて成長したり、二元的な性役割から脱したロボットのプローブが活躍するオリジナルシーズン1・2の方が個人的には好きだが)

 〈ボボイボーイ〉のオリジナルシリーズでは悪役のアドゥドゥも子供の姿に造形されており、ボボイボーイのもとからオチョボットを奪おうと攻撃を仕掛けるものの、ほとんど子供どうしの騒ぎにすぎない。慰め役として時々登場するおじいちゃんを除けば、まともな大人がほとんど姿を見せない子供たちの世界から、〈メカアマト〉では子供の活躍を大人たちが見守る世界へと、背景となる社会も成長しているようだ。

バリアフリーユートピア

 車椅子ユーザーの少女マーラは、劇場版でアマトの学校に転校してくる設定。アニメ版では彼女が何でも一人でこなせる存在として描かれていて、日常生活のそこここで遭遇するはずの障壁の存在は捨象されていたが、劇場版の初登場シーンには車での移動中にロボットの襲撃に巻き込まれ、車椅子の車輪が引っかかってしまい脱出できないという描写があった。その際に車椅子が故障して動きにくくなってしまうという箇所も。余談ながら、アニメシリーズの最終話で、マーラがピアンの父のラボの入室暗証番号を知っていたのは、前日譚で一度訪問していたからかと納得。

 マーラについては、転校してきた際も、初めてピアンの父のもとを訪問する際も、誰も彼女が車椅子ユーザーであることには言及せず、先生も特に手助けをしたり生徒に指示したりすることもなく、皆何も聞かずにクラスの一員として受け入れている。その自然さはマレーシア的な理想だろう。実際には通学や校内の移動、緊急時の避難についてマーラにほかの生徒と同じレベルの安全と利便性を確保するためには、皆で共有すべき前提があるはずだが、社会モデルでいう「障害」がすでにクリアされているという理想の世界が映画では描かれている。たとえ現実が追いつくにはまだ時間がかかるとしても、子供たちに向けた作品の中ではっきりと理想像を示すという姿勢の誠実さに、マレーシアの表現者が様々な形で蓄積してきた力を感じもした。

 

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おまけ

★マレーシア要素

 冒頭でアマトがシラットの特訓を受けている。果たしてそんなに禁欲的に武道に打ち込む性格だったのかという点は疑問だが、メカアマトとして戦う時の身体の使い方は、こうやって養われたものだったのかと謎が解ける。

 アニメシリーズではメカボットの好物がカリーパフという設定だが、映画版でもやはりカリーパフは登場。しかしアマトのお母さんが朝からカレーパフを揚げてくれても、まだメカボットは食べ物だと理解していない様子。

 一瞬だけピアンのお父さんのラボでマレー凧が映る。凧のように風力を利用して勝つ伏線か?と思ったが、これは単にマレー文化ファンへのサービスだったらしい。

 コタ・ヒリールの街はマラッカをイメージしてデザインされているとのことだが、アニメ版ではフォーカスされなかった騎楼が今度は生かされている。騎楼を猛スピードで駆け抜けるダイナミックなアクションシーンはアニメならでは。

★〈ボボイボーイ〉シリーズとの関連

 スターシステムというほどではないが、〈ボボイボーイ〉の登場人物がちらっと顔を見せる。プロローグとエピローグに登場する商人バゴゴと、テレビで現場から中継するインド系のリポーターがおなじみのメンバーだ。リポーターは〈ボボイボーイ〉ではプラウ・リンティスの街(たぶんタイピンの付近がイメージされている)で働いていたが、コタ・ヒリールに転勤になったのか? abang, abang となれなれしいバゴゴは、〈ボボイボーイ〉の世界でさんざんえげつない商売をした末に、〈メカアマト〉シリーズの前に刑務所に収容されていたらしい。

 また、メカボットが単なる機械ではなく「パワースフィア」の一つであったことが判明。道理で〈ボボイボーイ〉のオチョボットと基本的な形態が似ているわけだ。メカボットがアマトの家でココアマシーンになりすますはめになるのも、オチョボットがココアショップを手伝っているからというネタだろう。

 

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*1:意地っ張りかつ怠け者で小ずるいところもある割に、抜けていて憎めないキャラクターのファンなのだ