ジュノ・マック『リゴル・モルティス/死後硬直』

キョンシー Blu-ray

キョンシー Blu-ray

 

 第26回東京国際映画祭、初日にTOHOシネマズ六本木ヒルズで鑑賞。(追記:DVDは『キョンシー』の題で発売された)
 古びた貧しいアパートに錢小豪が手回りの品だけを抱えて引っ越して来る。「ここから出てスターになった奴はいるが、入居してきたスターは初めてだ」と管理人に言われながら、案内された部屋は2442号室。見るからにおどろおどろしい気配の部屋で、ひとりになった彼はさっそく床に白い布を敷き詰め、ファンに縄を掛けて首を吊ろうとする。
 中国では、縊死者の幽霊はその場に留まって生者に取り憑き、首を吊らせようと試みるのが常。誰かを身代わりに取り殺すまで永遠にさまよい続けなければならないので、幽霊も必死だ。この映画も、てっきりこの部屋で死んだ双子姉妹が身代わりを求めて新しい入居者に取り憑くというものかと思ったら、あくまでメインの妖怪はキョンシーなのだった。
 劇中では三組の女たちが物語を前進させる役割を担う。同じアパートの住人・ムイ(鮑起靜)は、ふとした事故で失った夫のことが諦めきれず、道士に反魂の術を依頼する。かつての2442号室の住人で、凄惨な事件現場を目撃して以来精神に打撃を受けた女(惠英紅)は、幼い息子と共にアパートの隅に隠れるように暮らしている。そして、2442号室で暴行を受け、抵抗の末に命を落とした双子姉妹の霊が、図らずもムイの夫の復活に関係することになる。
 夫の蘇生を祈る鮑起靜の一人芝居が、禍々しさの中にもつましい暮らしの老夫婦の時間に支えられた感情を示して出色。息子と身を寄せ合って暮らす惠英紅も、狂女ものの切迫感が与えられた役どころだ。*1 だが、双子姉妹の情念は曖昧なままで、死んでからもただ他人に利用されるばかりというのは納得がゆかない。
 人生に絶望した男が、再び立ち上がる情熱を取り戻すという構造の中、双子姉妹は彼を奮起させるという物語の都合だけのために命を落として悪鬼となったかのように感じられる。
 そう不満を感じながら最後まで観て、ラストでなるほどと唸らされた。男の物語に回収せざるを得ない必然性がきちんと設定されていたのだ。
 双子の幽霊の動きはジャパニーズ・ホラーのそれだが、ちゃんと背の高い中華幽霊も描かれるのが嬉しい。アパートの廊下で傘を差した幽霊たちとすれ違う場面の静かで威風のあるさまもよかった。
 『霊幻道士』の林正英と許冠英に捧げられている。

原題:殭屍
英題:Rigor Mortis
製作年:2013
制作国:香港
時間:105分
言語:広東語
監督:麥浚龍(ジュノ・マック/ Juno Mak
脚本:フィリップ・ユン(Philip Yung)、ジル・リョン(Jill Leung)、ジュノ・マック
制作総指揮:スティーブン・ロー(Steven Lo)、バーナード・ライ(Bernard Lai
プロデューサー:清水崇、ジュノ・マック
出演:チン・シウホウ(錢小豪/ Chin Siu-Ho )、クララ・ワイ(惠英紅/ Kara Wai )、パウ・ヘイチン(鮑起靜/Nina Paw )、アンソニー・チャン(陳友/ Antony "Friend" Chan)、ロー・ホイパン(盧海鵬Lo Hoi Pang )、リチャード・ン(吳耀漢/ Richard Ng)、チョン・ファ(鍾發/ Chung Fat )
撮影監督:ン・カイミン(Ng Kai Ming H.K.S.C.
編集:デヴィッド・リチャードソン(David Richardson
Production Design:Irving Chen
衣装:Miggy ChengPhoebe Wong
音楽:Nath Connelly

ロマン〈2〉 (文学の冒険)

ロマン〈2〉 (文学の冒険)

*1:これは映画そのものとはまったく関係ないのだが、彼女が鈴を鳴らしながら息子を探す場面ではソローキンの『ロマン』で木の鈴を鳴らすタチアーナを連想した。これで大殺戮の幕が切って落とされた、と一人胸を高鳴らせたが、そんなわけはないのだった。