ウィリアム・サローヤン『サローヤン短編集』

サローヤン短編集

サローヤン短編集

 

 8月31日はサローヤンの誕生日だそうだ。昔の新潮文庫の古沢安二郎訳『サローヤン短篇集』(The Whole Voyald And Other Stories)を引っ張り出して読んでみる。
 文章の調子はわりとぶっきらぼうで、人物の心情が細かく描かれているわけではないが、ユーモアの中になんともいえないペーソスがある。
 印象に残ったのは「冬の葡萄園労務者たち(The winter vineyard workers)」。15歳の主人公が葡萄園の季節労働で、メキシコ人3人と日本人1人と一緒に働くことになる。農園監督はアルメニア人だが、ほかの人がいる時には誰もが理解できる「共通のことば」を使い、主人公と2人だけの時しかアルメニア語では話しかけない。長い仕事の時間、互いに身の上話をしたりするのだが、イトウという日本人は、31年前に賭け事のトラブルで親友を殺した経歴を「英語と、日本語と、メキシコ語のちゃんぽんの言葉」で話して聞かせる。しかし誰にもなぜイトウがその男を殺したのかさっぱり理解できない。どうして殺したのかと聞かれても、自分は「バカヤロウ(baggarro)」だからだと答えるばかり。主人公は「バカヤロウ」というのは文字通りの意味ではなく、悲しいという意味だろうと解釈する。
 ある日、主人公は古本でホゼー・クレメンテ・オロスコ(José Clemente Orozco)の紹介記事の載った美術誌を見つけ、翌日葡萄園に持って行って仲間たちに見せる。

 メキシコ人が全部家に帰り、イトウと私がサンドウィッチを食べ終った時、彼は雑誌に戻り、頁をめくってその怒りの絵のところを出した。彼はしばらく、その絵をつくづく眺めていた。それから私にもよく見るようにと言った。その絵の中には、一人のからだの小さな男が、あばら屋のような家の中にいた。その男は自分の細君や家族に向って、怒鳴り散らしていた。細君や子供たちは彼におびえてはいたが、彼の怒りが家族たちに向けられているとは感じられなかった。人はその怒りが、家族をのぞいたあらゆるもの、あらゆる人々に向けられていることを感じた。イトウはその絵の中の男に指を当てて、とんとん叩いた。
「イトウだ」と彼は言った「バカヤロウ」
 まもなく昼休みは終り、メキシコ人たちは刈りこみのすまない葡萄蔓に戻り、みんなも仕事に戻った。(92頁)

 オロスコという画家は初めて知ったが、ディエゴ・リベラらと共にメキシコ壁画運動に参加しているそうだ。残念ながらちょっとネットで調べた限りでは、作中に引用された絵は見つからない。