何蔚庭『ピノイ・サンデー』

 DVDで台湾・フィリピン合作の何蔚庭(ウィ・ディン・ホー)『ピノイ・サンデー(台北星期天)』。NHKの共同制作で、2009年の第10回NHKアジア・フィルム・フェスティバルで上映されている。上のDVDの紹介には「莫子儀、張孝全が共演!」とあるが、彼らは友情出演でちらりと顔を見せるだけ。
 監督はマレーシアのムアール*1出身で、ニューヨーク大学を卒業後は台湾を拠点に活動している由。名前から女性かと勘違いしたが、男性だそうだ。
 フィリピンから台湾に出稼ぎにやってきたダド(バヤニ・アグバヤニ)とマヌエル(エピィ・キソン)。台北郊外の自転車工場で働いているが、日曜日の楽しみといえばバスで市内に行き、中山北路で同胞と楽しむこと。聖多福教堂(St. Christopher’s)に行ってフィリピン人向けの英語のミサに参列し、それからショッピングモール「金萬萬名店城」に足を運ぶ。この金萬萬ビルは、シンガポールでいえばラッキープラザのような、フィリピン人向けの店が軒を連ねているところらしい。
 ダドは故郷に妻子を残して来たが、同じく出稼ぎのアナ(メリル・ソリアーノ)という女性と交際している。しかし妻が交通事故に遭って入院したとの知らせを受け、アナと別れることを決意する。いっぽうのマヌエルは気楽な独身だが、女の子に声をかけてはふられてばかりいる。クラブで知り合ったセリア(アレッサンドラ・デ・ロッシ)に電話して誘うが、彼女は気のない返事。当日もマヌエルを軽くあしらうと、台湾男の車に乗って消えてしまう。
 そんな二人の前に、ひょんなことから赤革の素敵なソファーが出現する。これを宿舎の屋上に持って帰って、ゆったり座ってビールを飲んだらどんなに爽快だろう……二人はソファーを担いで帰ることを決意するのだった。
 フィリピンからの出稼ぎ労働者を主人公にした映画というと、まず思いつくのがシンガポールのケルヴィン・トン『メイド/冥土』。潮州劇の団員一家のところにメイドとしてやってきた少女ロサが、怪奇現象に悩まされ、やがて家族の秘密を知ってゆく。このロサを演じたのが『ピノイ・サンデー』のセリア役のアレッサンドラ・デ・ロッシで、彼女の眼を通してシンガポールの姿が描かれる。国際都市のイメージとは裏腹に、さまざまなタブーに満ちた華人の暮らしは、文化コードを共有しないフィリピンの少女にはいっそう不可解に映る。
 『ピノイ・サンデー』にもメイドが登場するが、台湾の家庭の描写はごくわずかにとどめられている。窺い知れるのは、アナの働く家では、高齢で車椅子生活の母親をよそに、夫婦が四六時中罵りあっており、セリアは雇用主(張孝全)とひそかに関係を持っているということくらい。主人公たちは工場で働いているため、直接台湾人と接触する機会はそう多くない。労働形態からして、主人公を男女どちらに設定するかで描き出す対象はかなり変わってくるようだ。この作品では、台湾社会を描くことより、そこにやってきた人々の暮らしや夢に焦点が絞られている。
 手で運んで帰るのは無理だとうすうす知りつつも、二人が懸命に運ぼうとするソファーは、どことなく蔡明亮ツァイ・ミンリャン)の『黒い眼のオペラ(黒眼圏)』のマットレスを想起させる。終盤にはダドとマヌエルを乗せたソファーが夜の川を漂い流れる場面があるのも、よく似ているようだ。しかし、ソファーに座って歌いながら流されてゆくのはひとときの夢であって、いつかは目覚めなければならない時が来る。ほろ苦いラストが待っているのかと身構えたが、一転して解放感あふれるシーンで幕を閉じ、爽やかな後味の作品だった。

 

原題:Pinoy Sunday/台北星期天
制作年:2009
制作国:台湾・フィリピン・フランス・日本
監督:ウィ・ディン・ホー(Wi Ding Ho/何蔚庭)
脚本:ウィ・ディン・ホー、アジェイ・バラクリシュナン(Ajay Balakrishnan)
出演:エピィ・キソン(Epy Quizon)、バヤニ・アグバヤニ(Bayani Agbaya)、アレッサンドラ・デ・ロッシ(Alessandra De Rossi)、メリル・ソリアーノ(Meryll Soriano)、Nor Domingo、林若亞,莫子儀,ジョセフ・チャン(張孝全),ルー・イーチン(陸弈靜),曾寶儀

 

メイド 冥土 スペシャル・エディション [DVD]

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*1:蔡明亮の短篇『マダム・バタフライ』でパーリー・チュアが帰ろうとしていた街だ。