阿牛『アイス・カチャンは恋の味』(初戀紅豆冰/Ice Kacang Puppy Love、2010)

 DVDで阿牛こと陳慶祥の初監督作品、『アイス・カチャンは恋の味』(初戀紅豆冰/Ice Kacang Puppy Love )。

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 監督・主演の阿牛をはじめ、李心潔(アンジェリカ・リー)、曹格(ゲイリー・ツァオ)、梁靜茹(フィッシュ・リョン)、黄品冠(ビクター・ホワン)、巫啓賢(エリック・モー)といった台湾を中心に活躍する(李心潔は主に香港映画に出ているが)マレーシア出身の歌手が名を連ねている。*1

 マレーシアの田舎町、年代ははっきり指定されていないが、携帯はもちろんのことCDもまだ無い、カセットテープの時代だから80年代からせいぜい90年代初頭だろうか。一緒に遊び、学校に通い、成長してきた子供たちはやがてそれぞれ都会に出てゆく。それまでの宙に浮いたような中途半端な時間、そこに生まれたのが初恋であったかもしれない―――

 コピティアムの息子Botak (阿牛)は、幼なじみの打架魚(ベタ、闘魚)とあだ名される安琪(李心潔)に思いを寄せているものの、ひそかに彼女の肖像画を描くだけで、手紙を渡す勇気が無い。安琪の両親は父の家庭内暴力を理由に離婚しており、母(陳美娥)とともに彼女はBotakの店の二階に間借りしている。彼女が打架魚とあだ名されるのは、父がいないことをからかわれると、人が変わったように相手にとびかかってゆくからだった。

 子供たちは bakuli というビー玉遊びに興じるが、この場面はヤスミン・アハマド『ラブン』に見られる koba という空き缶に石ころをぶつけて倒す遊びのシークエンスを連想させる。*2

 ここで圧倒的な強さでほかの子供たちのビー玉を手中にしてしまうのが、曹格演じる馬麟帆(この時点では子役だが)。粗暴だがどこか抜けていて憎めない彼は、成長してから打架魚と幾度もベタを闘わせるものの、どうしても勝てない。くやしさのあまり彼女の魚を盗もうと画策するが、ひょんなことから彼女を好きになってしまう。

 他のおさななじみについても似たようなもので、前半はコメディータッチの恋模様が展開される。

 後半は安琪と母との関係に焦点が当てられ、さらにこの田舎町での時間がいつまでも続くものではないこと、都会に出て別の道を見出す可能性が少しずつ物語の中に忍び込んでくる。安琪の父は、母にとっては良い夫ではなかったが、安琪にとっては自分を天使と呼んでかわいがってくれた大好きな父である。その父を自分から引き離したことで、母親に対しては長じても面白くない思いが残っている。一方、母はその美貌ゆえに近所の男たちの注目の的となり、おかげで女たちからは女狐とそしられ、あげくには親友だったBotakの母にまで誤解されてしまう。切羽詰まって、ちょうど結婚を申し込んできていた男と一緒になろうと考えるが、その苦衷を理解できない娘の安琪は母に罵声を浴びせる。

 Botak は自分の周囲で起こっていることをただおろおろしながら見つめるばかりで、安琪が父を訪ねてペナンの故郷に帰るのにも付き添うが、結局彼女に対して何も伝えられることはなく終わる。

 初恋というのにふさわしいかどうか、恋にまで発展する一歩手前の淡い感情を描いて、ラストも余韻を残す。

 ただ、知名度のある俳優でないとスポンサーがつかないといった事情があるのだろうけれど、十七、八歳からせいぜい二十歳になる前くらいの年齢設定だろうに、俳優はみな三十代なので「いい年していったい何を悩んでるの?」と違和感がある。脚本も俳優もそれぞれは悪くないのだけれど、この脚本でこのキャスティングはないだろう、というのが正直な感想。

 また、マレーシアでは国産映画に対して税金の減免措置が取られるが、これまでは台詞にマレー語が一定以上の比率を占める作品しか国産映画とみなされず、華語やタミル語を主要な言語とする映画の制作には大きなハンディがあった。しかしこの『アイス・カチャンは恋の味』のヒットを契機に、華語作品も国産映画と認定する方向に動き、今年の二月にはついに國家電影發展局(FINAS)が国産映画として証明書を発行した由。 続いて6月には、娯楽税から70万6千リンギの還付が確定したと報じられており、マレーシアの映画界にとっては明るいニュースとなった。

 

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*1:DVDのパッケージには張棟樑と戴佩妮もクレジットされているが、ラストにカメオ出演するだけである。

*2:ちなみに終盤のクライマックスは『細い目』を意識しているのではないかと思う。