セミフ・カプランオール『卵』

「卵」「ミルク」「蜂蜜」 [DVD]

「卵」「ミルク」「蜂蜜」 [DVD]

 

 銀座テアトルシネマにて『蜂蜜』に続きトルコのセミフ・カプランオール監督『卵』(Yumurta)(2007)。
 都会で古本屋を経営する男・ユスフ(ネジャット・イシュレル)は母の訃報に接して帰郷する。母の家で彼を迎えたのは、アイラという親戚の娘(サーデット・イシル・アクソイ)だった。
 サーデット・アクソイはブルガリア映画ソフィアの夜明け』にも出演して、英語という第二言語によってトルコの少女がブルガリアの若者と心の内を分かち合う、美しいやりとりを見せてくれた女優だ。『卵』ではもちろんトルコ語だが、彼女の存在は同じように主人公が自分を見つめ直す契機となっている。
 『蜂蜜』での山村の家ではなく、母が暮らしていたのは田舎町なので、父が亡くなってから親子は町に引っ越したのだろうか。ユスフ三部作のもう一本、『ミルク』を観ればその経緯が描かれていたかもしれないが、今回はスケジュールが合わず断念。しかしミルクというモチーフは、『蜂蜜』では嫌いで父がこっそり代わりに飲んでやったりしていたのが、父の失踪後は母のために飲み干してみせていたし、この『卵』でもアイラが早朝に行商の男から鍋に入れてもらう場面があった。
 全体としては、『蜂蜜』よりいっそう観る側が画面に映っていることの意味を考えなければならない、いわば難解な作品という印象。とにかく静かな映像が心地よいので、うっかり映像が流れてゆくのに任せていると、さっきのショットはいったい何だったのか、ということになってしまう。二回、三回と繰り返し観ることで少しずつ見えてくるタイプの作品だろう。そしてそれだけの鑑賞に堪えるように思う。
 終盤、草地での夜の場面、シープドッグに突然突き倒されるカットで急にリズムが変わり、どきっとさせられる。祭りのように、穏やかに流れる単調な時間から突如逸脱して、ある区切りを奏でるというか。
 これは二作に共通するが、家そのものは古びて道具にも年季が入っているのだが、すみずみまで手入れが行き届いてよく心遣いがなされた中で生活している雰囲気。トルコの人はこういう住み方をしているのかと、観ていて気持ちがよい。
 羊の生贄の儀式をするようにと母が遺言した、とアイラに聞かされ、渋りながらも結局儀式を行うことになる。トルコでは男性はみな羊を屠ることができるのだろうか、と思ったが、さすがにそういうわけではないらしく、儀式のために専門の人に頼んでいた。血を流す鮮烈な瞬間をあえてカメラに収めない節度は、いかにもこの監督らしい。

 

原題:Yumurta
制作年:2007
制作国:トルコ
監督・脚本:セミフ・カプランオール(Semih Kaplanoglu)
出演:ネジャット・イシュレル(Nejat Isler)、サーデット・イシル・アクソイ(Saadet Aksoy)、ウフク・バイラクタル(Ufuk Bayraktar)、トゥリン・オゼン(Tülin Özen)、Gülçin Santircioglu、Kaan Karabacak、Semra Kaplanoglu