セミフ・カプランオール『蜂蜜』

「卵」「ミルク」「蜂蜜」 [DVD]

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 銀座テアトルシネマにてトルコのセミフ・カプランオール『蜂蜜』(公式サイト)。
 男が馬を引いて深い山を歩いている。何か見回して探している様子だ。籠から縄を出し、樹の枝に投げ上げると、幾度も引いて強度を確認し、慎重に幹を上ってゆく。縄のかけられた枝がふと不穏に軋んだかと思うと、めきめきと傾ぎ、男の身体はがくんと落下するが間一髪、中空で静止する。
 あっと思わず声が出るような冒頭のシークエンスに続き、カメラは室内に切り替わり、幼いユスフ(ボラ・アルタシュ)と父(エルダル・ベシクチオール)のやりとりが映し出される。カレンダーに書かれた字をひとつひとつ、たどたどしく読み上げるユスフ。「夢を見たよ」という彼に、父は「人に聞かれちゃいけない」と答え、膝に抱き上げると彼の口元に耳を寄せる。
 山あいの村で、ユスフの父は樹上に蜂の巣箱をかけ、蜜を集めて現金収入を得ている。しかしなぜか蜂が姿を消し、新しく巣箱をかけようと父は向こうの山に向かう。数日で帰ってくるはずだったのに、待てど暮せど父は帰らない。
 ユスフの吃音は次第に程度を増し、教室では自分から名乗り出て物語を音読しようとしたものの、言葉が口から出なくなってしまう。教室に置かれたガラス瓶には赤いバッジが入れられ、生徒たちの胸にご褒美としてつけられる。いつになってもバッジのもらえないユスフは、焦りとともに不安をつのらせる。
 ビクトル・エリセミツバチのささやき』(1973)へのオマージュかと思われるほど、タイトルに含まれるモチーフだけでなく、一切の説明を排して淡々と情景を映し出すスタイルもよく似ているように感じられた。かと思うと祭りの場面では一転、躍動感あふれる画面が展開される。
 父の失踪は母(トゥリン・オゼン)に不安をもたらし、ユスフにもそれは伝わってゆく。お父さんが帰ってこなかったら子供は不安を感じるのも当然だろうが、それだけではなく、自分の周りで起こっていることが曖昧な輪郭のままなかなか像を結ばない、幼年時代に特有の不安感が詩情をこめて描き出されている。
 一度だけでは味わい尽くせない奥行きのある作品で、最終日にあわてて観に行ったために再見の余裕が無かったのが残念だ。

原題:Bal
制作年:2010年
制作国:トルコ・ドイツ
監督・脚本:セミフ・カプランオール(Semih Kaplanoglu)
出演:ボラ・アルタシュ(Bora Altas), エルダル・ベシクチオール(Erdal Besikçioglu),トゥリン・オゼン(Tülin Özen), Ayse Altay, Alev Uçarer, Özkan Akcay, Selami Gökce, Adem Kurkut, Kamil Yilmaz