リービ英雄『仮の水』

仮の水

仮の水

 

  表題作の外、「高速公路にて」「老国道」「我是」の三編を収録する短編小説集。
 中国語で「本当?」というより「ウソだあ」に近いのか、“真的假的?”という言い方があるけれど、表題作の「仮」はその“假”。
 中国に行って、日本語を解さない相手と中国語でやりとりする時、なるべく日本語の意識が混入しないように、中国語の発想で言葉が口から出るように、と無意識のうちに注意している。最初に日本語が浮かんでしまうと中国語にもう直せなくなるから。
 それがリービ英雄の書く中国だと、中国語への跳躍を控え、必ず日本語を一度介してから、フィルター越しに描写されることになる。日本語の中から外を眺めているというのではなく、外側からわざと日本語と中国語の隙間に入り込んで滞留したまま書き続けているという印象。
 読んでいるとだんだん自分の乏しい中国語が綻びて、日本語に引き戻されてゆく感じがある。自分の中で中国語の世界ができあがってしまったら、こうしてそれをいったん壊す行程を経なければならないと思う一方、まだ中国語の回路がつながっていない段階で読み続けるのは危険だという予感もある。日本語の私は読まずにいられないが、中国語の私は読むことに恐怖を覚える。