ターニャ・ウェクスラー『ヒステリア』

ヒステリア(字幕版)

ヒステリア(字幕版)

 

 ヒューマントラストシネマ渋谷にて。ロビーに草創期のバイブレーターが幾つも展示されており、カメラを持って行くべきだったと後悔する。TENGA の女性向けライン、 iroha の商品も展示されていたのでパンフレットをもらってきた。
 19世紀末のイギリス、ウイルスどころか医師の間にもまだ細菌感染を信じない者がいた頃の話。もう患者をみすみす死なせるのは嫌だ!と病院を飛び出した若手医師のグランヴィル(ヒュー・ダンシー)は、ヒステリーの治療で上流階級のご婦人方に大評判のダリンプル医師(ジョナサン・プライス)の診療所に勤めることになる。その治療法とは、要するに性的欲求不満を解消するための性感マッサージ。
 婦人科検診のたびに、赤の他人の前で足を広げて性器に器具を入れられるというのはよく考えてみたら異常な行為なのだが、なぜか医療行為だと言われれば特に抵抗もなく(嫌なことは嫌だが)検査台に上がってしまうのが不思議な気がしていた。まあ、ものすごく雑に言ってしまえば、そこから内診台で性感マッサージをしてもらうまでの距離はそう遠くないかもしれない。
 前半はこの若きグランヴィル医師がマッサージのしすぎで手が思うように動かなくなったりと、軽いコメディーなのだが、次第に当時の女性がなんでもかでも「ヒステリー」のレッテルを貼られて治療の対象とされたことに代表されるような、抑圧的な状況にあったことが浮かび上がってくる仕掛け。
 ダリンプル医師には二人の娘がいるが、しとやかで何でも父の言うことをきく妹に対し、疾風のように食堂に駆け込んで来ては、食卓で今しがた介助したお産について平然と語る姉のシャーロット(マギー・ギレンホール)には父も手を焼いている。彼女が貧しい人々を対象にした福祉施設の経営に打ち込んでいるのも、父は気に入らない。このシャーロットとグランヴィル医師の“不打不相識”というやりとりと交互に、バイブレーター開発秘話が展開される。
 シャーロットが雇い入れたお手伝いのモリー(Sheridan Smith)は、実は元娼婦でバイブレーターの実験台もいやがらずに務めてくれる(そして実用化された商標は Jolly Molly)。ちょっと『低俗喜劇』(感想)のダダ・チャンを連想させる、コケティッシュで気の良い女の役で絶妙なアクセントになっている。
 「ヒステリー」のレッテルが、逆に女たちに堂々と性的快感を追求することを許しているというねじれが可笑しいし、声を失ったオペラ歌手が絶妙なバイブレーターの刺激で再び歌い出すシーンの楽しさは無類。終盤では、ヒステリーの治療のために子宮を摘出すべきだというおどろおどろしい提案が飛び出すが、女の身体に対する権利がきちんと守られての幕引きも後味が良い。

原題:Hysteria
製作年:2011
制作国:イギリス、フランス、ドイツ、ルクセンブルク
時間:100分
言語:英語
プロデューサー:サラ・カーティス(Sarah Curtis) 、 トレイシー・ベッカー(Tracey Becker)、Judy Cairo
監督:ターニャ・ウェクスラー(Tanya Wexler)
脚本:スティーヴン・ダイア(Stephen Dyer)、(Jonah Lisa Dyer)
出演:ヒュー・ダンシー(Hugh Dancy)、マギー・ギレンホール(Maggie Gyllenhaal)、ジョナサン・プライス(Jonathan Pryce)、フェリシティ・ジョーンズ(Felicity Jones)、ルパート・エヴェレットRupert Everett)、Ashley Jensen、Sheridan Smith
編集:ジョン・グレゴリー(Jon Gregory)
音楽:ガスト・ワルツィング(Gast Waltzing)
撮影:ショーン・ボビット(Sean Bobbitt)
美術:ソフィー・ベッチャー(Sophie Becher